アニメごろごろ

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弱者の視点から見える厳しい世界「灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」

特別な力を与えられた主人公が巨大なドラゴンなどの強敵を倒す。「ダンまち」や「スレイヤーズ」に見られる主人公の英雄的な活躍を描いた物語とは対照的に、ゴブリンなどの雑魚を相手にする「灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」。ゴブリンみたいな雑魚が相手だと戦闘の規模も小さい為に地味に思えますが、これが意外と魅力的で最近のライトノベルの中では注目を集めています。

この両作品の魅力として挙げられるのはやはりモンスターとの戦闘のリアルさでしょう。大抵の作品は中高生が好きな派手な戦闘を描こうとするので、主人公もそれに対応して「禁書」の上条さんみたいに現実なら致命傷になる攻撃を受けても倒れない打たれ強さを持ちます。それ位は出来ないと人間を超えた怪物と戦える訳がないから当然ですよね。ところが「灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」ではちょっとした攻撃を受けると簡単に命を落とします。

子供と同じ位の腕力しかないゴブリンに棍棒で滅多打ちにされるだけで倒れる打たれ弱さですが、これが特別な能力も何も持たない現実的な人間の強さなんですよね。「ラストエンブリオ」などの岩を砕いて海を割る一撃を受けても平然としているキャラに見慣れていると感覚が麻痺してきますが、本来は人間なんてドラゴンどころかクマにも勝てません。

そんな弱い人間にとってはゴブリンでも十分に脅威になるという事を「灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」は思い出させます。そしてゴブリンを登場させてパワーインフレしがちなキャラの強さを現実と同程度に引き下げ、作中で描かれている戦闘にある種の現実味を感じさせられると、読者にキャラが殴られた時の痛みを実体験を元に容易に想像させる事が出来ます。

その感覚を読者に意識させると雑魚のモンスターが相手でも、地味で退屈な戦いに映らずに逆に緊張感のある命の奪い合いに映る。折角現実とは異なる何でも描けるファンタジーの世界なのに、あえて現実に寄せて敵も味方も弱い方に設定する。こうした作品が生まれて支持されるのは、王道の英雄譚が大量に作られてきたおかげでしょうね。

読者の大多数が好む物語の型が自然発生するとそれを模倣した作品が飽きる程に作られます。例を挙げると小説家になろうの場合は異世界転移からのチートハーレムが好まれていますよね。既存の作品と同じ様な世界を舞台にしている点ではパクリとは言わないまでもオリジナリティは無いのですが、その中での細部の差別化が行われたからこそ生まれる斬新な作品も存在します。そしてそれらの作品は普通に読んで楽しむ以外に、類似作品と比較や補完する楽しみも併せ持つ。

主人公が強い作品を読む時はその強さ故に相対的にゴブリンが雑魚に感じられてしまい、ゴブリンに襲われ苦しめられる村人の心情などが読み取り難い面があるのですが、ここでゴブリンの強さを描いた作品を読んでおけば足りない部分を想像して補えますし、ゴブリンを楽々と倒せる主人公の強さが印象に残ります。また他の作品で見てきたお約束的な展開と微妙に異なる展開が起きれば、読者は意表を突かれて思わず心を震わせる事もあります。「まどかマギカ」はそれを巧みに利用して大成功を収めていました。

この恩恵は誰も見た事がない完全なオリジナルの作品では殆んど受けられません。小説家になろうライトノベルはどれも似た様なものばかりと批判されますが、こうした楽しみ方が可能な作品を生み出すのはジャンルに偏向があるからと言えると思います。特定のジャンルに人気が集中して大量に作品が作られ、難聴系主人公や石鹸枠など独自の文脈が生まれる。

独自の進化を遂げて斬新な作品を生む為には、特定のジャンルが受けやすい閉鎖的な環境も時には必要なんですよね。世の中にはライトノベルの他にも漫画や映画など様々な娯楽がありますし、娯楽全体として多様性があるなら局所的に偏るのは構わないと思います。仮にハーレムラブコメが購買層に好まれていないとしたら「はがない」も「俺ガイル」も生まれるのが数年は遅れたかもしれません。

灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」に話を戻すと、両作品はゴブリンとの死闘から始まる物語ではあるのですが、着眼点は同じでも作風は正反対と言える位に別物で魅力も違います。特にゴブリンの性質、主人公の描き方、文体は違いが大きいです。「灰と幻想のグリムガル」のゴブリンは人間と変わらない精神を持つ為に、ハルヒロ達もその命を奪う事に躊躇う場面も見られます。

一方「ゴブリンスレイヤー」のゴブリンは女性を犯して愉しむ邪悪の塊で、仲間を大切にする精神も持たない共存不可能な生物。こちらのゴブリンはその様な残忍な性格の持ち主なので、見るに耐えない悲惨な光景が描かれる事もしばしば。

そのゴブリンを殺す事を生業としている主人公のゴブリンスレイヤーは、ギルドの所属する冒険者の中では上位とはいえ身体能力は平凡。特別な魔法を使えるとか弓の腕前が百発百中だとか主人公に相応しい能力はないんですよね。

そんな彼がゴブリンを次々に倒していけるのは、ゴブリンを殺し続ける中で身に付けた技術によるもの。ゴブリンに関する知識を武器に罠を見破り、ゴブリンの血を浴びて臭いを消して接近。殲滅する為には手段を選ばず、子供だろうと躊躇せずに息の根を止める。熟練の猟師を連想させるゴブリン退治の手際の良さには惚れ惚れします。

灰と幻想のグリムガル」は地の文がハルヒロの主観で書かれるなど、読者にハルヒロの心情を積極的に伝える文体で、ハルヒロを身近な存在に感じさせ共感しやすい様にしています。「ゴブリンスレイヤー」は逆にゴブリンスレイヤーの内面を読者に読み取らせない文体で、その人物像は彼以外の主観を通さなければ見えてきません。

また挿絵では常に兜を被らせ決して素顔を映さずに、徹底的に彼を謎に包まれたキャラという風に描写しています。この語られなさが共感のしやすさを失わせる代わりに、寡黙な職人的な雰囲気を醸し出しているのでしょうね。両作品を読むと似た様な題材でもこれだけ違うものが描けるのかと作家の腕を感じられるので、興味のある方は「灰と幻想のグリムガル」はアニメ版を「ゴブリンスレイヤー」は漫画版だけでも読んでみて下さい。

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