- 作者: 蝸牛くも,神奈月昇
- 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
- 発売日: 2016/02/13
- メディア: 文庫
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この両作品の魅力として挙げられるのはやはりモンスターとの戦闘のリアルさでしょう。大抵の作品は中高生が好きな派手な戦闘を描こうとするので、主人公もそれに対応して「禁書」の上条さんみたいに現実なら致命傷になる攻撃を受けても倒れない打たれ強さを持ちます。それ位は出来ないと人間を超えた怪物と戦える訳がないから当然ですよね。ところが「灰と幻想のグリムガル」と「ゴブリンスレイヤー」ではちょっとした攻撃を受けると簡単に命を落とします。
子供と同じ位の腕力しかないゴブリンに棍棒で滅多打ちにされるだけで倒れる打たれ弱さですが、これが特別な能力も何も持たない現実的な人間の強さなんですよね。「ラストエンブリオ」などの岩を砕いて海を割る一撃を受けても平然としているキャラに見慣れていると感覚が麻痺してきますが、本来は人間なんてドラゴンどころかクマにも勝てません。
灰と幻想のグリムガル level.9 ここにいる今、遥か遠くへ (オーバーラップ文庫)
- 作者: 十文字青,白井鋭利
- 出版社/メーカー: オーバーラップ
- 発売日: 2016/08/24
- メディア: 文庫
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その感覚を読者に意識させると雑魚のモンスターが相手でも、地味で退屈な戦いに映らずに逆に緊張感のある命の奪い合いに映る。折角現実とは異なる何でも描けるファンタジーの世界なのに、あえて現実に寄せて敵も味方も弱い方に設定する。こうした作品が生まれて支持されるのは、王道の英雄譚が大量に作られてきたおかげでしょうね。
読者の大多数が好む物語の型が自然発生するとそれを模倣した作品が飽きる程に作られます。例を挙げると小説家になろうの場合は異世界転移からのチートハーレムが好まれていますよね。既存の作品と同じ様な世界を舞台にしている点ではパクリとは言わないまでもオリジナリティは無いのですが、その中での細部の差別化が行われたからこそ生まれる斬新な作品も存在します。そしてそれらの作品は普通に読んで楽しむ以外に、類似作品と比較や補完する楽しみも併せ持つ。
ソード・ワールドRPG (富士見文庫―富士見ドラゴン・ブック)
- 作者: 水野良,グループSNE
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 1989/04
- メディア: 文庫
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この恩恵は誰も見た事がない完全なオリジナルの作品では殆んど受けられません。小説家になろうやライトノベルはどれも似た様なものばかりと批判されますが、こうした楽しみ方が可能な作品を生み出すのはジャンルに偏向があるからと言えると思います。特定のジャンルに人気が集中して大量に作品が作られ、難聴系主人公や石鹸枠など独自の文脈が生まれる。
独自の進化を遂げて斬新な作品を生む為には、特定のジャンルが受けやすい閉鎖的な環境も時には必要なんですよね。世の中にはライトノベルの他にも漫画や映画など様々な娯楽がありますし、娯楽全体として多様性があるなら局所的に偏るのは構わないと思います。仮にハーレムラブコメが購買層に好まれていないとしたら「はがない」も「俺ガイル」も生まれるのが数年は遅れたかもしれません。
テンプレ展開のせいで、おれのラブコメが鬼畜難易度 (ファンタジア文庫)
- 作者: 氷高悠,檜坂はざら
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/富士見書房
- 発売日: 2016/07/20
- メディア: 文庫
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一方「ゴブリンスレイヤー」のゴブリンは女性を犯して愉しむ邪悪の塊で、仲間を大切にする精神も持たない共存不可能な生物。こちらのゴブリンはその様な残忍な性格の持ち主なので、見るに耐えない悲惨な光景が描かれる事もしばしば。
そのゴブリンを殺す事を生業としている主人公のゴブリンスレイヤーは、ギルドの所属する冒険者の中では上位とはいえ身体能力は平凡。特別な魔法を使えるとか弓の腕前が百発百中だとか主人公に相応しい能力はないんですよね。
そんな彼がゴブリンを次々に倒していけるのは、ゴブリンを殺し続ける中で身に付けた技術によるもの。ゴブリンに関する知識を武器に罠を見破り、ゴブリンの血を浴びて臭いを消して接近。殲滅する為には手段を選ばず、子供だろうと躊躇せずに息の根を止める。熟練の猟師を連想させるゴブリン退治の手際の良さには惚れ惚れします。
「灰と幻想のグリムガル」は地の文がハルヒロの主観で書かれるなど、読者にハルヒロの心情を積極的に伝える文体で、ハルヒロを身近な存在に感じさせ共感しやすい様にしています。「ゴブリンスレイヤー」は逆にゴブリンスレイヤーの内面を読者に読み取らせない文体で、その人物像は彼以外の主観を通さなければ見えてきません。
また挿絵では常に兜を被らせ決して素顔を映さずに、徹底的に彼を謎に包まれたキャラという風に描写しています。この語られなさが共感のしやすさを失わせる代わりに、寡黙な職人的な雰囲気を醸し出しているのでしょうね。両作品を読むと似た様な題材でもこれだけ違うものが描けるのかと作家の腕を感じられるので、興味のある方は「灰と幻想のグリムガル」はアニメ版を「ゴブリンスレイヤー」は漫画版だけでも読んでみて下さい。