アニメごろごろ

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「放浪世界」に収録された水上悟志が紡ぎ出す傑作SF「虚無をゆく」

水上悟志短編集「放浪世界」に収録されている「虚無をゆく」。74ページで描かれる壮大な物語は質も量も短編の域を越えていました。これ程の作品を生み出せる水上先生の才能に脱帽するしかありません。妖怪、幽霊、宇宙人、ロボットと対極に位置するようなSF的(すこし不思議)な存在を描きながら、読者を日常から非日常の世界に誘い込む物語を無数に生み出す。読者の心に響くメッセージと子供も楽しめるユーモアを無くさず、次から次に短編を描いていく水上先生の姿を見ていると藤子・F・不二雄先生を思い出します。

団地で日々を楽しく過ごしていたユウは、ある時に宇宙人のサロに連れ去られ、団地の住民が自分を幸福にする目的で用意されたロボットであること、自分が巨大な怪魚を倒して地球を守る為に造られた天田ユウのクローンであること、地球に残された人類が既に滅んでいることを告げられます。自分が信じていた世界を根底から覆され、自分に与えられた崇高な使命も意味を無くしている。「マトリックス」の主人公の場合は世界の真実が明かされたことにより、世界の支配者から人類を解放する明確な目的が生まれましたが、ユウを待ち受けるのは虚無な世界。

ユウ「外に虚無、内に虚無。無限の虚無」

団地で生まれ育てられたユウには仲間を殺した仇もいなければ、取り返したい故郷もありません。守りたいと思っていた人達は心の無いロボットで、厄介な役割を押し付けた初代は殴ろうにも大昔に他界しています。真実を知らされたユウの感情の行き場は何処にもなく、英雄になる道も復讐者になる道も既に閉ざされている。

世界の全てであった団地が虚構と告げられ、共同体から切り離されたユウの中には何も残らない。これでもかと言う位にユウの行動する意欲を剥奪。ロボットの教育が上手に機能していなければ、その場で自殺してもおかしくありません。この虚無感と共に生きる辛さを読んでいて感じたのは、ユウがアイスに勧められて学校教育を受けていたシーン。遊び盛りの子供が将来の役に立つ訳でもない勉強を始める。そうしてしまう程に団地から離れた生活は退屈。

その後も大した理由を持たないまま、何となく流されるままに怪魚を倒し続けるユウの変化に乏しい生活は、団地をくるくる回る蟻の行列と似ています。こんな言い方はどうかと思いますけど、「スピリットサークル」の鉱子みたいに前前前前前前前世から殺したい敵がいた方が張り合いのある人生にはなるのでしょうね。

そうして何代にも渡って繰り返されてきたユウの怪魚を倒す旅は、怪魚の住処を発見したことで終わりが見えて来るのですが、そこでユウはサロから怪魚を生み出した諸悪の根元はサロの同胞であると明かされます。怪魚を殲滅するとはトラマド星を破壊してサロの同胞を殺し尽くすことを意味する訳で、その決断は安易に下していいものではありません。

トラマド星の人達の所為で滅んだ文明は幾つあるか分かりませんし、これ以上の犠牲者を出さないようにするには、今の内にトラマド星を破壊してしまうのが正解と言えるでしょう。但しそれは宇宙全体の視点から捉えた場合であって、ユウ個人の視点から捉えた場合は違います。

トラマド星以外の文明を破壊する怪魚を生み出した罪があるとはいえ、平穏な生活を望んでいるだけのトラマド星の人達を本当に殺してもいいのか。守るべき命も討つべき仇も無いに等しく、惰性で戦い続けてきたユウには、人の命を奪ってまで怪魚を殲滅する動機がありません。トラマド星を破壊するべきと理性では理解していても、感情ではその方法に納得していない部分が見られました。そんなユウがトラマド星の破壊を決断した最後の決め手は、子供の頃に姉と慕っていたアイの存在。

AIで動くアイは命も心も持たない道具に過ぎませんが、それを知りながらも大切なアイを守る為に戦いました。怪魚を殲滅してクローンのユウを生み出す必要が無くなれば、遅かれ早かれ存在意義を無くす予定のロボット。それを守り抜く行為は人によっては自己満足に思えるかもしれませんが、そんなユウの行動が次代のユウに多大な影響を与えることになるんですよね。

次代のユウ「先代が…トラマド星を滅ぼしてまで怪魚との戦いを終わらせたんだ。今度はぼくが何をしてでも…人類を終わらせない!」

怪魚殲滅後に残されたロボットと次代のユウは目的を遂げて静かに滅びる訳でも、蟻の行列の様に同じ様な生活を繰り返す訳でも無く、人類を繁栄させて地球に向かうという新たな目的を手に入れます。果たしてこの目的が本当に正しいかどうかは現時点で判断が付きません。

もしかしたら次代のユウが人類を繁栄させる道を選んだことによって、将来的に人類がトラマド星と同じ様に種の存続を理由に周囲に害を与えるかもしれません。未来が見えていたら今の内に滅んでしまった方が良いと思えるものはあるでしょう。ですから人類を繁栄させる是非については何も言えないのですが、次代のユウの人類が残してきたものを終わらせたくないという純粋な意思は美しいものであると思います。

無から有へ。ユウが今まで虚無だと思っていた世界に一筋の光が見えたことで、過去様々な想いを抱きながら死んでいった先代のユウ達も少しは救われたのではないでしょうか。「惑星のさみだれ」でも語られていたように、今が苦しくても生きていればいいことはある。水上悟志作品は世界観やキャラが常人の理解を越えたぶっ飛び方をしている一方、最終的に物語を通して読者に伝えたいメッセージは常識的で大人なんですよね。読者を非日常の世界に誘うだけではなく、きちんと日常の世界に戻して生きる力を与えてくれる。こういう作品は子供に読ませたいですね。

taida5656.hatenablog.com
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