虚淵玄さんが脚本を担当した「魔法少女まどか☆マギカ」と「PSYCHO-PASS サイコパス」と「翠星のガルガンティア」。魔法少女ものに刑事ものにロボットものと扱っているジャンルは多岐にわたりますが、この3作品では共通して自由意思が希薄な機械的な社会、そして衝動に突き動かされる人間が描かれてきました。
虚淵さん以外の脚本家や監督もストーリーの構築に関わる作品もあるので、乱暴に全部を作家性で語ることに対して若干の躊躇はあるのですが、作品理解を深める手段として記事内では批判を恐れず3作品を繋げて話を進めます。
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彼女は上条の夢を叶えることが出来れば十分で他に何もいらないと綺麗事を口にしていましたが、心の奥底では尽くした上条に振り向いて貰えない現実に不満を抱き、心配するまどかや杏子の声も届かず負の感情を溜め込み、最後は魔女化という不幸な結末を迎えました。
自分の本当の気持ちがどこにあるかを理解して損得勘定で物事を考えていれば、意地を張る事も無く渡されたグリーフシードで魔女化を防げたはず。感情を持てば利己的な本心から目を背けてしまい、自分の身の丈に合わない無償で他者に奉仕する理想的な生き方も求めてしまう。
その先に待ち構えるのは選んだ道を後悔して魔女に変貌する未来。まどかはそんな世界の在り方を否定、さやかのような他人の為に祈りを捧げる魔法少女達の善意を肯定、祈りが絶望で終わらない魔女の生まれない世界を作り出しました。
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この結末を見れば、この作品は管理社会を肯定していると言えるでしょう。しかし作中ではシビュラの命令に抗い自発的に行動することまでは否定されておらず、常守朱や宜野座伸元は物語が進むに連れて自分の判断で行動するようになり、それは彼等の身勝手な行動ではなく自己の成長として描かれていました。そういった点から「サイコパス」も「まどかマギカ」と同様に人間の自由意志を一応は肯定していたと思われます。
「翠星のガルガンティア」では人類銀河同盟で生まれ幼少期からヒディアーズと戦う為の兵士として育てられたレドが、漂流先の地球で出会ったガルガンティアの人達との交流の中で人間らしさを取り戻していく姿が描かれます。ガルガンティアは分業しながら人と人とが互いに支えあう温かみの社会であるのに対し、人類銀河同盟は兵士として役に立たない人間を処分して、生き残った優秀な兵士にだけ生殖等の自由を与えるスパルタ式の社会。全体に奉仕する為に与えられた役割を果たせない人間は非情にも切り捨てられてしまう。
その様な環境で育てられたレドは最初の頃は任務を遂行することしか頭に無く、人類銀河同盟の方針に対しても疑問を持ちませんでした。それは兵士としてはとても正しい在り方です。上官の命令に疑問を抱く人間は場を乱して組織を機能させなくしますからね。巨大な組織において各々が自分の正義を貫こうとすれば、共通の目的を持つとしても足の引っ張り合いにしかなりません。
しかしレドはガルガンティアで自分とは異なる価値観の人達と出会うことで少しずつ変わっていき、沢山の経験を経て人類銀河同盟の活動が正しいのか真剣に悩むようになる。そして最後は命令に従い戦う為だけの道具ではなく、自らの頭で考え行動するまでに成長します。
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それはキュゥべえ、シビュラシステム、ヒディアーズという主人公の仲間を死なせた相手と主人公を殺し合わせることなく、相手が理解不能で共感の余地が無い存在であったとしても共存する方向に話を進めることからもそれは言えます。
人類とヒロインの共存の道が閉ざされていた「沙耶の唄」と比べると大きな進歩ですね。「デビルマン」的に片方が滅びる日まで戦い続ける悲惨な結末は訪れず、敵味方を問わず無意味に戦場に流れる血も減りました。虚淵さんはご覧の通りハッピーエンドを書けるようになりましたが、共存を双方が相手を尊重して支え合う形にしないあたり、世界に対する認識は決して甘くはないのだなと思います。共存するといっても別に仲は良くないんですよね。
敵側にも主人公側とは異なる正義があり、絶対的な悪が存在しない善悪二元論を否定した世界。これ系統の作品では立場が違うだけで主人公も敵も本質的には変わらない存在とされやすく、変わらないのであれば分かり合えるだろうという方向に落ち着く場合があります。敵を知る内に同胞の意識が芽生えて、殺し合う動機を喪失していき、敵に対して歩み寄り和解を望むのは、魔王と勇者が手を組む作品ではよくあること。
平和的な姿勢で立派ではありますが、これは主人公と根本的に異なる価値観で生きる相手に通じません。世の中にいるのは話せば分かる人達だけではないので、絶対に分かり合えない相手と対峙した場合の解決策も考えなければなりません。
基本路線として不殺を善としていながら、QBの様な共感が不可能な相手を前にすると、例外的に諦めて殺してしまう作品は世の中に少なくありません。異種族との共存を描いた作品でよく思い出すのは「ルミナスアーク3アイズ」。この作品では人類の敵が本当は人類を守る為に行動しており、真の敵は別にいるのだという展開を繰り返し行い、最終的に問題の原因を神に押し付けて倒します。責任の所在を外部に求め続けると神を殺す話に進みやすく、大高忍先生の「マギ」もその方向に進んでいました。
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友好的な関係は築けないとしても殺し合い以外の着地点を探し出そうとする。視聴者にストレスを与える相手を殲滅しない展開はカタルシスに欠けるけれども、そこには作品に対する誠実な態度が感じられてとても好感が持てます。あの苛烈な作風で物語を進めるのであれば、こうなるべきだろうという結末を見せてくれました。
3作品の中でも特に「まどかマギカ」の終わり方が秀逸で詳細は省きますが、まどかが魔法少女が魔女化しない世界に改変した副次効果として、QBに魔法少女を魔女にして大量のエネルギーを集める発想が生まれなくなり、そのおかげで魔法少女とQBの関係が険悪なものにならずに済みます。魔法少女を救いたいという自分の願いを叶える次いでにQBとの関係を改善してしまうとは大したもの。
魔女を消す願いを叶えた代償に魔女化する自分すらその願いで消すなど彼女の発想力は侮れません。ただしそれだけ頭の回る彼女が最善を尽くしても魔女に替わる魔獣は現れ、魔法少女が敵と戦い命を落とす運命も変わらず、世界から憎しみも悲しみも消えません。
虚淵作品では一貫して世界の残酷な理は神の如き力を得ても覆されませんが、そのどうにもならなさはバッドエンドを意味する訳ではありません。世界は救う術の無い酷い所ではあるけれども、その世界で絶望に足を止めず懸命に抗い続ける人達の意思は美しい。
虚淵さんは人間の愚かで醜い在り方を理解しながらも、人間が合理的に機械的に生きるのではなく、自由意思を抱えて生きる姿を肯定してきました。肯定の対象は視聴者に愛される主人公だけではなく、悪魔のほむらや犯罪者の槙島も含まれています。
人間を愛すべき善なる者として捉えてはいないことは作品を見れば明らか。それでも人間に愛想を尽かさずに堂々と人間の人間性を肯定的に価値があるものとして描きました。そこにあるのは清濁を併せて人間を祝福する意思。虚淵さんがハッピーエンドも書ける作家であると証明するには十分な証。上記の3作品はどれも人類愛に溢れた美しい物語でした。