アニメごろごろ

楽しんで頂けたらツイートなどしてもらえると喜びます。

「やがて君になる」好きだからこそ好きにはなれない

電撃 - 『やがて君になる』仲谷鳰インタビュー第2弾。公式サイト&PV公開、着せ替えアプリ、そして第二巻発売!

やがて君になる 無料漫画詳細 - 無料コミック ComicWalker

恋愛漫画で恋愛に興味が持てない主人公が読者に受け入れられるかどうか不安を感じていたと語る仲谷鳰先生。作者的にはそこは心配してしまう部分でしょうけど、読者的には杞憂で終わるだろうなという気はします。別に主人公が恋愛をする人達を馬鹿にしているとかではないですしね。スポーツ漫画を読む層がそのスポーツをしているとは限らないように、恋愛漫画を読む層が恋愛をしているとは限らないのですから、好きという感情を知らない主人公が読者に共感されない道理は無いと思います。ラノベのハーレムラブコメなら恋愛に無関心な主人公はありがちですし、電撃大王での連載なら読者層を考えるとむしろ恋愛を知らない主人公の方が合いそうです。

個人的には恋愛に興味の無い主人公にしたおかげで、百合漫画というマイナーなジャンルの裾野を広げられた気がします。大多数の日本人は同性愛者では無いですし、恋愛も結婚もする意欲の無い人達が増えていますし、最初から恋愛に興味を持ち女性が好きな主人公よりも、男性も女性も特別に好きになれない小糸侑の方が立場的に近い。共感度からすると百合漫画を好まない層にも読まれやすいのは、どちらかと言えば後者になるのではないでしょうか。大半の読者と同様に同性を好きではない小糸侑が七海燈子を好きになる過程を丁寧に描写する事は、百合漫画を好まない読者がその内面の変化を追う中で同性愛に対する理解を深める事にも繋がり、それは百合漫画に対する抵抗を薄れさせて世間に広める切欠にもなるでしょう。「やがて君になる」はそうした百合漫画の入門書的な役割を担える良作。


七海燈子を好きになろうといている小糸侑
本や歌で憧れたドキドキしてキラキラした恋を求めながら、誰に対しても友達以上の好意を抱けずに恋に落ちる事の無い侑は、燈子先輩と関わる中でそれを手に入れつつあります。この恋を知らない者が恋を知るというテーマを表現する上で百合は相性が良さそうですね。男女の恋愛というのは本能的に性的な欲望と結び付きやすく、異性に対する欲情を恋心と錯覚しているだけの場合も往々にしてあります。相手を好きだから性行為をしたいのか、性行為をしたいから相手を好きになるのか、自分の恋愛感情が完全に性欲と切り離されたものなのか判断が難しい。

初めて相手を見た時から惚れていた場合は性欲で動いている印象が特に拭い難い。事実として相手の人格を評価する前に惚れていますからね。そうした印象を読者に与えず好きになるという心の揺れ方を表現する際には、第一印象が最悪な相手の事を知る内に少しずつ惹かれるとか、初期段階で恋愛対象から外れる相手を選ぶ方がその感情に本物らしさが生まれます。主人公が性的な欲求と無縁の同性を好きになる百合漫画も同様に、恋愛感情に説得力を持たせて描写する点で適しているかもしれませんね。


自分を好きにならない小糸侑が好きな七海燈子
燈子先輩の相思相愛を拒絶する価値観は意味不明に思えますが、作中の説明を聞けば非常に腑に落ちる話でした。簡単に言えば燈子先輩は自分を好きにならない代わりに、自分に失望もしない優しい侑との関係に居心地の良さを感じているんですよね。好きというのは言われた側が自分の価値を感じられる魔法の言葉であると同時に自分を縛る呪いの言葉、相手を失望させない様に相手の求める自分を演じ続ける事は精神的な負担になる。

成績優秀で人望も厚い燈子先輩もそうした皆から愛される仮面を被る事に苦しさを感じています。それならば本当の自分を曝け出して生きればいいという意見もあるでしょうけど、仮面を外せば誰からも特別に思われない平凡な人間に戻る恐怖が伴う為に難しい。そんな燈子先輩には理想の自分も本当の自分のどちらも好きにならない侑の隣は安心して生きられる唯一の居場所。恋愛漫画には相手を好きになる根拠を示さない作品も見られますが、この作品は非常に論理的に相手を好きになる根拠が語られているのがいいですね。


小糸侑と七海燈子の歪な関係
侑と燈子先輩の関係は現時点では良好に見えますが、両者の求める関係は致命的に噛み合いません。恋愛に憧れる侑は本気で誰かを好きになろうとしているのに、燈子先輩は自分を含めて侑に誰も好きになるなと要求していますからね。侑が燈子先輩に惚れて特別な関係を望んだ瞬間に両者の関係は破綻する為、侑は燈子先輩を大切に想うなら感情を殺して付き合わなければなりません。そんな無償の愛を示すのは女子高生には荷が重いですね。そんな関係を強いようとしている燈子先輩は本当にずるい。

演出的に侑と燈子先輩の関係に亀裂が走るのは目に見えているので、そこからどの様に纏めるのか結末が楽しみですね。仲谷鳰先生の中では「やがて君になる」の意味が回収されるまでの大筋は既に見えているでしょうし、行き当たりばったりで読者を置いてけぼりにする展開だけはしないでしょうね。なのでこちらもハラハラしつつも安心して読めます。

そういえば仲谷鳰先生も執筆されている「エクレア あなたに響く百合アンソロジー」を読んだんですけど、想像していた以上に百合成分が薄めでした。半分位は仲の良い女子の域に留められている話で、百合を感じる読者には百合に見える程度に表現が抑えられていました。ちなみに執筆陣は百合方面では有名な人達らしくて、有名な雑誌に読み切りとして掲載されても不思議ではない位には出来が良い作品も見られました。二次創作系のアンソロと比較すると平均的に質は高いと思います。

エクレア あなたに響く百合アンソロジー

エクレア あなたに響く百合アンソロジー