アニメごろごろ

楽しんで頂けたらツイートなどしてもらえると喜びます。

何でもありのループものは傑作を生み出しやすい

ループものを書いた作者はその作品を超えるものを書けない、ループものには傑作が多いという意見を時折見かけます。これが本当か嘘かは検証しないと何とも言えませんが、ループものは読者の心を掴める要素を幾つも内包していますから、他のジャンルよりも魅力的な物語が生まれやすいのはありそうですね。

普通なら難しい衝撃的な展開を何度でも描ける
読者からの注目を集める方法として多用されるものとして過激な描写が挙げられます。例えば読者が愛着を持つメインキャラが惨い死に方をするとか発狂するとかですね。これらは物語に非日常的な刺激を求める大多数の読者の心を強烈に揺さぶれるのですが、諸刃の剣で後の展開に多大な影響を与えてしまうために安易に使える手ではありません。

物語はキャラとキャラとの掛け合いで動いていきますから、メインキャラをその様な目に遭わせて消せば消す程に物語を牽引する力は失われ、下手に退場させるとツッコミのいないお笑いみたいに物語が味気無いものになります。退場した誰かの代わりになる新しいキャラを用意する方法もありますが、作品人気が退場したキャラの存在に支えられていた場合は読者が離れてしまう恐れがあるんですよね。

全てを無かった事にしてしまえるループものではそうした先の事を気にせず、読者を驚かせる為に容易に衝撃的な展開を描ける点が強み。「ひぐらしのなく頃に」と「リゼロ」はこの特性を発揮して凄惨な事件を何度も起こして注目を集めていました。先述の通りループして何もかもをやり直せるのは強みではありますが、何でもありになる所為で緊張感のない物語になるという弱みもあります。

読者から何が起きてもやり直せばどうにでもなると思われると、悲惨な死に様などの過激な描写も効果は激減。それを回避しようとループを自由に使えずに制約を設ける作品は多数見られます。「サイケまたしても」ではサイケが過去に戻る度に肉体に負担が掛かり無制限には使えず、「バタフライエフェクト」では誰かを救えばそれ以外の誰かが救われない未来が訪れるようになっています。ここでどの様な制約にするは作者の腕が非常に問われる部分ですね。

質と量を積み重ねて生まれる感動
読者の心を動かすにはキャラの行動に重みを感じさせなければなりません。主人公がヒロインを助ける為に戦う物語であれば、ヒロインを助けようとする動機や熱意を示す必要があります。どうして助けたいのか、その為に何をしてきたのか。それが伝えられないと読者は主人公に共感が出来ずに応援しようとも思えません。

まどかマギカ」の暁美ほむらを例に説明すると、ほむらがまどかを助ける動機はまどかが大切な友達である事やQBに騙される前のまどかを助けると約束した事から、まどかを助けようとする熱意は何度も同じ時間を繰り返して戦い続けた事実から感じ取れますよね。

この動機と熱意の質と量を高める際にループの設定は活きてきます。主人公がヒロインを助ける為に動かなければならない状況、それは何もしなければヒロインが不幸になる事が目に見えている時です。ループものでは主人公が何もしなかった結果、ヒロインがどうなるかを実際に目撃する羽目になります。言い方はどうかと思いますが、ヒロインが不幸であればある程に救い甲斐はあるんですよね。ヒロインが苦しみながら死んでしまう姿やヒロインの死を悲しむ家族や仲間の姿が目に焼き付いて離れない。

その時に想像を絶する喪失感を経験して、そんな悲劇はあってはならないと心の底から理解しているからこそ、ヒロインを死に物狂いで助ける意志が主人公には宿ります。そして時を遡り運命を変えようとしても変えられなかった場合にどうなるかというと、主人公は未来を変えるはずの力があるのに失敗した自分の無力さを責めてしまうんですよね。何が起きるか知らない時に起きた悲劇には特に責任は感じないと思いますが、知っていながら起きた悲劇には責任を感じずにはいられないので、前以上に助けたいという想いが強まります。

これは大切な者を失う前には決して得られない感情ですよね。「僕だけがいない街」も「リゼロ」もその感情が主人公の行動に影響を与えていました。通常の物語では失われたものが取り戻せない所為で、失われるものは本当に大切なものではない場合があります。「鉄血のオルフェンズ」でもオルガとビスケットが同時に襲われた時に死んだのは、三日月にとってそれなりに大切なビスケットの方で兄貴的存在のオルガの方は無事。これでは三日月が感じた喪失感と物語の悲劇性はいまいち高められません。ループものであればその縛りがない分だけ、主人公の助けたいという動機は描きやすいのではないでしょうか。

何かを成し遂げた時に訪れる達成感はそこに至るまでに積み重ねた努力と苦労で大幅に変動します。主人公が目的達成の為にしてきた行為の質と量が読者を感動させられるかどうかを分けるわけですが、主人公の行為の質は高められても時間的な量を増やすのは困難。昨今の物語は様々な事情から作中経過時間が数年しない物語が中心ですからね。そうなると主人公がヒロインに出会ってから助ける為に何かをするといっても大した量はこなせません。

通常の物語ではそうなりがちなんですけど、ループものであれば主観時間で10年以上の悪戦苦闘も描写可能。作中で具体的にどの様な苦労をしてきたのか説明されずとも、主観時間で相当な年月を費やしていると語られると、それだけでもある程度は行為に重みを感じられますよね。最初の方で書いた様にループものでは何でも有りで衝撃的な展開が使えますから、行為の質を高める方法も無数に考えられます。

ほむらみたいにかつていた世界では仲間であった人達を敵に回し、誰にも理解されない状況下で孤独に戦うとかですね。これによって主人公の苦労を読者に伝えて感情移入をさせる事に成功すれば、結末が平凡なハッピーエンドでも十分に感動させられます。ループものに傑作が多いと呼ばれる所以には、これがあるからなのではないかなと思っています。

SFにもミステリーにも恋愛にもなる
ループものは時間遡行の原理に踏み込んでいけば本格的なSFにもなりますし、ある事件の真相を同じ時間を繰り返しながら情報を集めて突き止めるミステリーにもなります。他者と違う時間を生きて思い出を共有していない時間遡行者の存在は、「一週間フレンズ」や「冬のソナタ」など恋愛ものでお馴染みの記憶喪失としても使えます。

バタフライエフェクト」では主人公が誰も不幸にならない未来を手に入れる為に、過去に戻り最愛のヒロインと出逢いを改変して消してしまいます。その未来に至るまでにしてきた主人公の苦労は誰にも知られず、ヒロインとの関係も全て失われてしまうという切ない終わり方でした。ループものが工夫次第でこれだけ多種多様な物語を生み出せるところを見ていると、傑作が既に幾つもある時代になっても作家や読者に好まれるのは分かる気がします。