アニメごろごろ

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「アイカツスターズ」虹野ゆめの不思議な力が意味するもの


天才型の星宮いちご、努力型の大空あかり、異能力型の虹野ゆめ。不思議な力で自分の限界を越えたステージを披露する彼女は、天才と凡人の両方の側面を持つ「アイカツ」にはいないタイプの主人公。

1年目はゆめが「ヒカルの碁」の進藤ヒカルや「遊戯王」の武藤遊戯の様に借り物の力から、自分の力で立派に戦える位に成長する物語。ゆめが借り物の力に振り回されるおかげで、彼女のドラマは前作に見られないものに仕上がりました。


アイドルは自分らしく生きられない
ゆめを語る時に切り離せない不思議な力。原理不明なファンタジーの要素が割と強く、アイドルアニメの文脈で観る際に違和感を持たれた方もいるかもしれません。具体的な設定に関しては、私も何が何だかよく分かりません。しかしながら不思議な力に伴う悩みは、決してファンタジーで済まされる軽い話ではありません。

身体に負担を掛ける不思議な力を使うべきではない。頭では理解しているとしても、ファンに失望される恐怖から依存してしまう。世の中にはゆめと同様に自分の人気を維持する為に、望ましくない手段を選んでしまうアイドルはいるんですよね。

例えば、人気を高める目的で過度の露出やスキンシップをしてしまい、そこで獲得したファンを繋ぎ止めたくて、それらのファンサービスを途中で止められなくなる人達。例えば、危険を伴うパフォーマンスで注目を集めてしまい、そこから更に過激な方へ進んでいく人達。

ゆめと方向性は異なりますが、アイドルに限らず人気を欲するあまり、本心から望んでいない手段を選ぶ人は少なくありません。本当になりたい自分から少しずつ離れて、知らない内に引き返せない所まで進み、最後は悲惨な結果を招いてしまう。

自分を商品として売り出す職業においては、炎上商法や枕営業も含めて、世間から褒められない売名行為が起き易い。それ以外に成功する方法が見つからなければ、人はあっさりと誘惑に負けてしまう。それだけ自分が自分らしくあるまま、社会的に成功することは大変なんですよね。

不幸にも本当の自分ではない姿が評価されて、そこから抜け出せなくなる事態は珍しくない。上記は極端な事例ですが、アイドルは程度の差こそあれ、基本的に自分を偽る者。ローラもジュエルアイスクリームのオーディションでは、審査員の受けを狙った発言を繰り返していました。シューティングスターもモデルの仕事が楽しくないのに、人前では作り物の笑顔を見せていました。

そうしなければ知らない人から好かれることは難しいけれども、そこまでして仕事を続ける意味があるのかは、悩み所ではありますよね。自分に合わないキャラを無理に演じて、一時的に仕事を得られたとしても、そのキャラを何年も続けていたら精神は確実に磨り減る。基本的に人間はやりたいことしかやりたくないもの。だから無理は禁物。

ファンやマスコミの視線に晒される職業において、先述した手段と結果のバランスを考えることは大切だと思います。自分が何の為にアイドルをしているのか、本当の自分で勝負をするべきか、これはアイドルが永遠に抱える大きなテーマにあるでしょう。

ゆめに与えられた不思議な力。それ自体はファンタジーではあるものの、等身大の自分と偽物の自分のギャップから生み出される苦悩はリアル。その意味で不思議な力というのは、物語の根幹を支える重要な設定ではなく、実はどこにでもあるアイドルを悩ませる種に過ぎません。不思議な力は自己肯定感を持てないアイドルが、己を偽り選んでしまう卑怯な手段の数々をアニメ的に表現したものと言えるでしょう。


甘い蜜の味を忘れられない
ゆめもあかりも実力不足に落ち込む点は変わりませんが、ゆめは不思議な力で最高の成功体験をしています。雪乃ホタルがそうであったように不思議な力のおかげで、ゆめもステージで歌うことが楽しくなってしまうんですよね。実力以上のパフォーマンスと観客の称賛から得られる高揚感は、忘れようとしても忘れられないでしょう。

不思議な力を持つゆめとあかりの差はとても大きく、ゆめはデビュー間も無い頃から強烈な成功体験をしているからこそ、ステージに立ちたい欲求も強まり、また失望される恐怖も人一倍増してしまう。アイドルの仕事の幸福を知らず、周囲に期待されていない人間には、圧し掛からないプレッシャーがありました。

実際、ゆめは精一杯の努力をしても、同級生からは本気を出していないと囁かれ、指田プロデューサーからは見込み違いなんて言われています。そんな風に自分の認識と周囲の認識がずれてしまい、独力では周囲の期待に応えたくても応えられない。

だから不思議な力が危ないと知らされても、ステージで失敗する不安から逃れる為に、無意識に使い続けてしまう。そして不思議な力が作り出す感動的なステージでファンが増えるに連れて、比例的にプレッシャーは重くなるという悪循環に陥る。

ホタルが不思議な力に頼り始めた切欠も、当時注目を浴び始めたS4を人気にしなければならないというプレッシャーが原因でした。人気に合わせて仕事の規模が膨れ上がれば、責任感が邪魔して益々依存を止められなくなる。ゆめもS4になる夢を叶えて四ツ星学園の看板になれば、自分が輝くことだけを考えている訳にはいきません。

その状況を諸星学園長は予見していたから、ゆめに対して早い内から四ツ星学園のイベントや友人のイベント等、自分に責任が取れる規模の仕事を次々に与えて、不思議な力を克服させようとしたのでしょう。

この方法ならば、万が一ゆめがステージで大失敗したとしても、諸星学園長が関係者に裏から手を回して守れます。あらゆる責任は諸星学園長が被れば済みますから、ゆめのアイドル生命が絶たれたとしても、その後の人生に傷が付くリスクは極めて低い。

S4が引き受ける様な完全に外部の仕事ではなく、友人の仕事を強調する描写を入れるあたり、そういう裏事情は隠されている気がします。諸星学園長は無理難題を押し付けているように見えても、自身の人脈を駆使してリスクの少ないステージを用意していました。厳しいけれど、優しい人ですね。


皆の力で輝くアイドル
不思議な力の克服方法は自己肯定感を得ること。不思議な力に頼らないでも大丈夫と思える心の強さが必要であると語られていました。これは言うのは易いけれども、実際に行うのは難しい。

タイムで価値を競い合うスポーツマンと異なり、評価の基準が観客の主観によるアイドルは、努力しても成長している実感はあまり得られず、構造的に自分に自信を持ち難い。人気のアイドルと普通のアイドルの差は、観客にも本人にもいまいち分からない。運で決まる場合も往々にしてあるので、多少技術が磨かれていたとしても不安を抱いてしまう。

その中で不安を解消するにはどうすればいいのか。それにはエルザの様に完璧なアイドルになる方法が挙げられます。アイドルの評価の基準が曖昧であるなら、歌唱に衣装にダンスにスタイルとあらゆる分野で秀でていればいい。

それもアイドルの平均を少しでも超えればいいなんて甘いレベルではなく、観客一人一人の感性の差異を無視してしまえる圧倒的なレベルまで磨き上げる。そこまで飛び抜けた実力を手に入れれば、結果も自信も自然についてきます。

ただし言うまでもなく、この方法は短期間では実行が不可能であり、ゆめにはそこまでの時間が残されていません。それではゆめはどうやって自信を手に入れたのか。それはまだ見ぬ自分に期待してくれる先輩や友達を信じ、彼女達の力を借りてステージを成功させることで手に入れました。ゆめを信じる仲間を信じろ。

あこにはMCスキルを教わり、真昼にはドレスメイクを教わり、ひめ先輩にはダンスを教わり、ローラには一緒に練習して貰う。諸星学園長が不思議な力を封じる為にゆめに与えた試練。それを無事に乗り越えられたのは、皆が側で支えてくれたおかげでした。36話「虹の向こうへ」でゆめを輝かせてくれる力は、不思議な力から皆の力へと変わります。

「まだ見ぬ私を信じてくれる人。あなたに届けたい音楽を奏でよう」


「ひたむきな強さで輝きを渡そう。勇気よ星になれ」

ゆめは人から与えられた想いや教えを虹の如く重ねてきました。それは1年目にも2年目にも言える話だと思います。孤独な太陽であるエルザと対照的に、ゆめは自分の力だけでは輝きません。レインボーベリーパルフェも幼馴染の小春と作り上げたブランドでした。そうやって色んな人に支えられてきたアイドルであるから、決勝トーナメントでエルザに勝つ為に出した答えが皆を輝かせたいとなるのでしょう。人は人に支えられている。

1年目が沢山の人達に応援されてS4になるという夢を叶える物語とするなら、2年目は沢山の人達を輝かせるという受けた恩を返す物語。最初に2年目のゆめを見た時は夢を叶えた為に、物語の軸を失くしてふわふわしていたように思えたのですが、こうして全体を通して眺めてみるとゆめの物語は、1年目と2年目で連続性があることが感じられます。やっぱり好きな作品は繰り返し観ることが大切ですね。

taida5656.hatenablog.com
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