アニメごろごろ

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「宇宙よりも遠い場所」ばらばらであるとしても失われない人の絆

宇宙よりも遠い場所」は性格も境遇も異なる少女達が、南極に向かう旅を通して、各々の過去と向き合い成長する物語。基本構造は極めてオーソドックスであり、旅を通して愛する人の死を受け入れる「星を追う子供」や旅を通して仲間と絆を深める「ジョジョの奇妙な冒険スターダスト クルセイダース」と同系統のロードムービーでした。

花田十輝さんは「ラブライブ」や「響けユーフォニアム」や「宇宙よりも遠い場所」といった青春群像劇を任せたら、本当に超一流の仕事をしてくれる脚本家ですね。この人の魅力は時代を越えて楽しめる普遍的で骨太な物語を書けるところにあると思います。

例えば「ラブライブ」はメインキャラが女の子ばかりであるとか、「けいおん」に代表される日常系の作品の基本を押さえてつつも、キッズアニメと同じく夢を叶える為に頑張る子供を軸に進めていました。女の子のまったりとした生活を描いた日常系と比較して、キャラの目的意識は高くて非常に動的な物語。「宇宙よりも遠い場所」なんて日常の象徴である学校を遠く離れて南極まで行きますからね。その日常から非日常に向かう動的なエネルギーは凄まじい。


世界を身近に感じさせるリアリティの追求
さて、もう少し踏み込んで「宇宙よりも遠い場所」こと「よりもい」の魅力が何なのかを考えてみます。まずは「ゴールデンカムイ」や「銀の匙」の様に綿密な取材と調査に基き、私達の知らない世界に生きる人達の日常をリアルに描いた点が挙げられるでしょう。10年代に注目を浴びた非日常の中の日常。

その対象に南極観測隊を選んだのは目の付け所が良かった。キマリの望んだ何処か遠くを宇宙に設定する事も出来たでしょうけれど、ぶっちゃけ宇宙を舞台にした作品は幾つも作られていますよね。「宇宙兄弟」や「プラネテス」や「ふたつのスピカ」という何クールも費やした大傑作が作られているので、1クールのアニメでそれ以上の視点を視聴者に提供するなんて無理に等しい。

いしづかあつこ監督もインタビューで答えていましたが、既に様々な女子高生アニメが作られている訳で、ただ頑張るだけの女子高生では今時の視聴者を惹き付けるのは厳しいと思います。ちょっと周囲に目を向けるだけで「あまんちゅ」とか「宇宙をかける少女」とか、ヒロインが退屈な日常を飛び出す物語は出て来ますからね。そんな中で舞台に選ばれた南極は、視聴者にとって宇宙よりも縁の無い場所。まだまだ興味を惹ける分野です。

それにしても「宇宙よりも遠い場所」はタイトルのセンスが素晴らしいですよね。凡人ならタイトルに分かり易く「南極」を入れるところですが、あえてその単語を使わず「宇宙よりも遠い場所」と間接的に南極を表現する。視聴者が遠く感じる非日常を象徴する宇宙、それと比べる事で南極のスケール感を強調する発想は天才かと思いました。最初に思い付いた人は凄い。

それでは話を戻しますが「よりもい」の大きな魅力には、南極を描いた点が挙げられると思います。けれどもそれが作品の中心であるとは言えません。何故ならキマリ達が日本を発つのは中盤に差し掛かる頃であり、それまで南極に関わる非日常の日常以外の魅力で視聴者を引っ張って来たのは疑い様が無いと思います。その魅力が何なのか考えた時に思い付くのは、キャラの言動が視聴者の心に刺さること。

平凡な日常を過ごして何者にもなれない無力感を抱く玉木マリ、我の強い変わり者で周囲から孤立する小淵沢報瀬、チームメイトに嘘を吐かれて学校で居場所を奪われた三宅日向、友達が作れなくて寂しさを抱える白石結月。そして友達を妬んで足を引っ張る高橋めぐみ。

視聴者が他人事と思えないポイント、それが各キャラに少しずつ与えていました。完全に共感は出来ないとしても、何処かしら視聴者の人生と重なる側面があるんですよね。要するにキャラの作り方が妙にリアルなんですよ。メインターゲットのオタクが好きそうな型に嵌められたキャラをしていません。設定段階では視聴者に媚びた風に作られていた結月も紆余曲折を経て変な子にされました。

身近に思えるリアルを追求する方針はキャラデザにも表れており、全員が似た様な美少女顔に描かれてはいません。基本的に美少女アニメはどのキャラも好きになってもらう為に、設定上はルックスに差があるとしても、作画上は殆んど差を作らないように意識していますが、「宇宙よりも遠い場所」は一味も二味も違います。

言い難い話ですけど、作中でルックスを比較された報瀬と日向では、デザインに差が付けられています。キャラ毎に顎のラインや鼻のライン、睫毛の描き方や口の開き方に癖があり、日向の場合は分かり易く言うと報瀬より少し丸い。アニメをあまり見ない人には単なる美少女アニメに思えるかもしれませんが、キャラデザの方向性が「けいおん」に代表される女の子が戯れる系の作品とは全然別物。

美少女アニメとしては異質と言っても差し支えないでしょう。ここではカワイイが正義には成り得ません。そしてこの個性を重視したデザインによって、性格も境遇も異なるキマリ達のばらばら感が増します。この点を評価するだけでも「よりもい」が、挑戦的な作品であることは伝わってきますね。

それではここからはキャラ毎の具体的な内容に話を移したいと思います。何度も言う様に「よりもい」のキャラは南極に向かうという点を除き、性格も境遇も本当にばらばらです。女子高生アニメを作るところから始めたはずなのに、結月は高校に通う暇が無い人ですし、日向なんて高校を中退している人です。まるで統一感が感じられないですね。「よりもい」は普通に生きていたら関わらないであろう人達の集まりで、南極に何を求めて向かうのか動機も違います。

自分を変えたくて日常を抜け出したいキマリ
母親の死を受け入れて日常を取り戻す報瀬
人間関係に疲れて日常を遠ざけたい日向
友達と楽しく過ごす日常を求める結月

先程ばらばらとは言いましたが、キマリ達は全く繋がらない訳でも無くて、ある程度は括ることが出来ます。シンプルに構造を説明するなら、死別や仕事で壊れた日常を取り戻したい報瀬と結月、自分や世界を変える非日常を追い求めるキマリと日向に分類されるでしょう。

但しこれは「よりもい」の一面でしかなくて視点を変えて語れば、日向と結月は学校に通わない人の絆に不安を抱いている者と言えます。また全員に共通する点としては、友達や家族や仲間など人の絆を喪失した経験があり、これは報瀬とキマリの関係者である吟とめぐみにも当て嵌まります。そして「よりもい」では上記の各々の抱える問題が、相互に干渉して前に進んでいきます。


玉木マリの隠れた才能
キマリは無力な自分を変えようとしていましたが、失敗を恐れて行動に移せないでいました。高校に入学してから一年以上も目標を立てるだけで終わっていました。そんなキマリを変えたのは、高校に入ってから人に何を言われても諦めず、南極に行く為にバイトして百万円も貯めた報瀬。最初は報瀬を応援するだけであったキマリも、彼女に誘われ動き始めます。その一歩は群馬から広島までの砕氷船の下見旅行。そこに来て初めてキマリの本気は報瀬に認められます。

本当に南極に行けるのか分からない状況で、広島に下見しようとする女子高生が一体どれだけいるでしょうか。個人的には親友の頼み事でも遠慮したいところ。お金さえあれば誰にでも行けるかもしれませんが、それでも相当な動機が無ければ行こうとはしないですよ。キマリが動き出す切欠を与えたのは報瀬ですが、動いたのは間違いなくキマリ自身の意志によるもの。そうして淀んだ水が一気に流れ出す。

キマリ「選択肢はずっとあったよ。でも選んだんだよ、ここを。選んだんだよ自分で」

進む道が「決まり」始めてからのキマリは止まりません。主人公でありながら1話にして抱える問題の大半を解決してしまった為、それ以降のキマリはムードメーカーの役割を担います。めぐみの件は別にして、キマリ自身に残された問題を強いて挙げるとするなら、自分に自信が足りないこと位しか無く、それはコンパスの使い方、ピーラーの持ち込み、目印の描き方等々のエピソードで埋められていきます。こうして並べると一貫性がありますね。

社会に出て役に立つかどうかは分かりませんが、思いもよらない隠れた才能を発揮して周囲を驚かせるキマリ。学校生活では決して表に現れないであろう特技。何も持たないかに見えた人でも、動き出せば今まで気が付かなかった才能を発見する機会もあるでしょう。その意味でも行動を起こすことは大切ですよね。


足が速くても逃げられない三宅日向
メンバーの中で最も自立して大人な日向は、人間関係で揉めて高校を中退しながらも、そこで引き籠る事も無く高認を取得しています。当面の目標は難関大学に合格して、高校で遊んでいた連中を見返してやること。ご覧の通り、基本的に強い子ではあるのですが、過去の出来事が原因で人に気を遣われ、相手の本心が分からなくなる事を恐れています。相手に気を遣わせて負担になる位なら、逆に気を遣って一方的に身を引いてしまう。人間関係に臆病と言っていいでしょう。

本心を隠して空気を読み合う文化に居心地の悪さを感じてしまうから、日向は嘘をついていないように見えたキマリと報瀬の関係に惹かれ、報瀬の計画に乗って南極への長い旅に出ます。この時の日向の判断が正解だったのかどうか、それは本編を見れば分かりますよね。

道中にパスポートを紛失した日向は、報瀬に自分を置いて先に行く様に話すなど、ここでも人に気を遣わせないようにしてしまいます。報瀬には自分なんかに構わないで、真っ直ぐに夢を追い求めることを願います。もしかしたら日向は置いていかれていまうのか一抹の不安を抱きましたが、その日向の意思を受けて自身の目的を最優先した報瀬が出した答えは、日向の主張を無視して何があっても一緒に南極に行くこと。ここまで来たら一蓮托生。

報瀬「気にするなって言われて気にしない馬鹿にはなりたくない。先に行けって言われて先に行く薄情にはなりたくない」

引き返せるうちは旅ではない。引き返せなくなった時に初めて旅になる。報瀬は周囲に馬鹿にされた自分の夢を信じて、共に道を歩んでくれた日向を途中で見捨てたりしません。我が身かわいさで人を切り捨てる人達とは明らかに違います。日向と言い合いになっても決して譲らず、意地を張って本気で向き合う熱い姿が、臆病な日向の心の壁を壊しました。

このパスポート紛失の件で日向と報瀬の関係は深くなりますが、そこで日向の抱える問題は終わりませんでした。折角苦労して過去のしがらみも何も無い南極まで来ても、自分を陥れた元チームメイトが友達面して連絡を取ってきます。雑菌の繁殖しない美しい水が流れる南極に居ても、汚れた過去は勝手に日向を追い掛けきます。

彼女達は日向を心配していた風を装っていますが、その本心は結月の同級生と全く同じで、自分の価値を高める為に日向を利用したいだけ。ああいう風に自分が優越感に浸る為に、有名人と知り合いになろうとする人はごまんといますよね。そして幸運にも知り合いになれたら、誰にも聞かれてもいないのにアピールする。凄い人と知り合いになれたアピールをする人は、本質的に相手の人格が好きなのではなく、相手の肩書が好きなだけです。

そんな連中を相手にするだけでも不愉快なのに、よりにもよって自分を追い詰めた元凶が相手なんて、腸が煮えくり返るでしょう。怨みをぶつけて切り捨てて当然。それなのに許してあげるべきかどうかで悩んでしまい、心の底から許してあげられない自分の器の小ささに落ち込みます。本人は何も悪くないのに、元チームメイトの所為で余計な傷を負う。それが性格の良い日向なんですよね。けれど性格の悪い報瀬は違います。

報瀬「あなた達はそのままもやもやした気持ちを引き摺って生きていきなよ。人を傷つけて苦しめたんだよ。そのくらい抱えて生きていきなよ。それが人を傷つけた代償だよ」

日向を傷つけた元チームメイトに許される権利は無い。自分が罪悪感から逃れる為に、相手を利用するなんて甘えた態度を報瀬は許しません。友達を守る為に本気で怒れる報瀬は、リーダーを解任されても変わらないレッド枠。ぱっと見ではクールに見えても、その心は誰よりも熱い人なんです。防寒具のカラーリングが、報瀬の人柄をよく表しています。

ここまで想ってくれる友達を持つ日向は、高校から逃げても負け犬なんかではないでしょう。もう日向はあらゆる意味で、元チームメイトが届かないところまで辿り着いています。物理的にも精神的にも別世界の住人。本当に最高の展開ですね。この時点で文句の付け所の無い傑作回なんですけど、報瀬の宣言が素晴らしい点は日向の問題を解決しながら、同時に吟の問題も解決しているところ。

責任感の強い吟は貴子の捜索を打ち切った件で、報瀬に何を言われても受け止める覚悟を持っていました。そして吟は自分を責める権利が報瀬にはあるのだと言う様に、船旅の最中に彼女を呼び出して糾弾する機会を与えました。そうして己の罪と向き合おうとするのですが、吟の予想に反して報瀬は吟を憎んでいないのだとあっさり返します。あれは不幸な事故で誰も悪くない。それが報瀬の主張でした。

報瀬「憎んでるって言って欲しいんですか。憎んでません」

そこで話を切り上げれば済む事なのに、吟は報瀬の言葉が本心なのか念を押して聞き出そうとしてしまうんですよね。吟としては報瀬が本心を話せる様に気を遣ったつもりなのかもしれませんが、これは逆効果で報瀬の心の傷を開いて泣かせてしまいます。吟の言葉は深く考えたくない過去を思い出させるだけでした。

結果的に吟は報瀬の事を考えている様に見えて、自身の罪悪感を薄れさせる為に、報瀬を利用したのと変わりません。報瀬の本心を聞き出し、過去を清算してほっとしたい。それは日向の元チームメイトと何が違うのでしょうか。他の人がそうは思わなくても、少なくとも吟はそう思っています。報瀬が日向を元チームメイトから庇った時、無関係の吟が映されているのはそういう事です。報瀬が元チームメイトに向けた言葉は、そのまま吟に当て嵌まる。

吟「準備しようか」

人を傷つけた代償。報瀬が自分に対して本当はどう思っているのか、それが分からないもやもやを抱えて前に進む覚悟を吟は決めました。それを上に書いた一言で視聴者に伝えています。日向の問題を取り扱いながら、吟の問題も同時に解決してしまう。このアクロバティックな構成に脱帽するしかありません。


白石結月は友達が少ない
承認欲求が満たされていない。結月の抱える問題を簡単に言ってしまえばそうなるでしょう。彼女が必要としていたのは自分と一緒にいてくれる友達、自分に期待してくれるファンであり、それらを南極に向かう旅の中で獲得していきます。

まずは友達を獲得する方法になりますが、結月の友達の作り方は至ってシンプルであり、キマリ達と一緒に南極を目指すだけです。知り合ったばかりのキマリ達が、目的を共有する内に親友の雰囲気を漂わせるなら、結月も同じ様に目的を共有すればいい。共有する目的の達成が困難かつ時間を要するものであれば、その分だけ絆を深める機会は得られるものなので、その観点で見れば南極に向かう旅は有効な手段と言えます。

ただしこの時に忘れてはならないのは、目的を共有する相手も選ぶこと。相手が悪ければ支配や被支配の関係に陥る時がありますからね。その点に関して言えば、彼女はしっかりしていました。大人の世界で働いている結月はぼっち歴=年齢の割に人を見る目はあるようで、自分を利用しようとした同級生とキマリ達の差を感じて、キマリ達と繋がるチャンスを見事に掴み取ります。

もうぼっちではない。そうして結月はキマリ達と一緒に過ごして安心感を得たのか、日本を発つ前には同級生の連絡先を削除します。南極に来ても元チームメイトの連絡先を残していたり、部活で履いたシューズを自室に保管している日向とは対照的に、要らないものはばっさりと切り捨ててしまう。「フォローバックが止まらない」なんて人を繋ぎ止める系の曲を出した人とは思えない大胆な行動。

それでは次にファンに関する問題に移ります。作中で大きく扱われない為に分かり難いかもしれませんが、結月は自分が沢山のファンに応援されているという意識が希薄です。小さい頃から仕事をしているとはいえ、周囲の反応を見る限り超有名なタレントでもないみたいですから、その辺を自覚するのは難しいのかもしれません。

結月の同級生の会話を聞いていても、周囲の人達はタレントとしての白石結月に興味を持っているというより、タレントという肩書に興味を持っている雰囲気がありました。要するに有名人なら誰でも構わない。その所為か結月は自分の仕事にいまいち誇りを持てず、日本を出る前にキマリと日向からトークスキルを褒められても、その言葉を馬鹿にされているのではないかと疑ってしまう。

自分を応援してくれるファンが実在するのか自信が持てません。だからドラマのオーディションに合格した時に、仕事と友情のどちらを優先するのかで悩んでしまいます。仕事で忙しくするのは嫌いではないけれど、友達と一緒にいられる時間を減らしてまで取り組む価値はあるのか。そうした問題を結月は抱えていましたが、南極で出会ったファンの言葉を受けて変わります。

隊員「あの、ドラマ楽しみにしてます。観るの帰ってからですけど」

結月「楽しみにしてくれる人いるんですね」

日向「当たり前だろ」

日本を遠く離れた地にも応援してくれるファンはいる。イベントでも何でもない予期せぬ場所で、偶然ファンに会えた事実が彼女に自信を与えます。どんなに離れていても人と人は繋がっているんですよ。それはファンにも友達にも通じる話だと思います。結月はドラマの仕事を引き受けて、キマリ達と一緒にいる時間が減る事を怖がりましたが、結月が仕事を頑張っていればテレビを通して想いは届けられるはず。結月も頑張っているから自分達も頑張ろう。そんな風に勇気を与えられる友達でいるのも、充分に素敵ではないでしょうか。


ペンギンにしか心を揺さぶられない小淵沢報瀬
キマリは自分を成長させる場所として、日向は現実を忘れる場所として、結月は絆を深める場所として、宇宙よりも遠い南極を選びました。彼女達の場合は行き先は遠ければ何処でもいいのですが、報瀬の場合は南極で無ければなりません。母親の遺品を探す為に南極へ向かう報瀬の意志は誰より強く、その為の手段は前々から彼女が考えてきたこと。「ラブライブ」が皆で意見を出し合い進んできたのに対して、「よりもい」は報瀬の計画に乗って進んできました。キマリも日向もそれに乗っかってきた意識があるから、報瀬には「連れて来てくれてありがとう」と全く同じ感謝の言葉を送りました。

結果的に結月の協力のおかげで南極に辿り着きましたが、それが無くても何とかしていたのではないか。そこまで思わせる迫力が報瀬にはありました。そう言い切ってしまうとキマリ達が同行した意味は殆んど無い様に思えますが、報瀬のもやもやが晴れたのは間違いなくキマリ達がいたおかげでした。もしもキマリ達がいなければ、報瀬の長旅は南極に着いて「ざまあみろ」と言うだけで終わりを迎えていたでしょう。

周囲の人達を見返してやるのも報瀬にとって目的ではありましたが、元々その為に来た訳ではありません。必要なのは過去と向き合うことであり、南極はゴールではなくスタート。本来はそうなるはずなのですが、南極に到着してから報瀬の様子は少しおかしくなります。具体的に言うと母親の愛した南極に辿り着いても感動して泣かず、その心境が普段と変わらないことがおかしい。

南極に来れば変わると思っていたのに、特に何も感じることがなくて、貴子の愛した景色を見ても写真と一緒に思えてしまう。その視点で見れば報瀬が南極に来る事に意味は無かったかもしれません。けれども南極に来たおかげで報瀬には友達が出来たんですよね。心の傷は癒えなくても、新たな絆は生まれます。

旅の先に何も無いとしても、旅の中で得るものはあった。報瀬自身はそれで構わないと達観していましたが、そんな弱気な報瀬をキマリ達は放っておきませんでした。報瀬の主張を無視してでも、絶対に貴子が南極にいた証を見つけてみせる。そう決心して遺品を探す為の最後の一歩を報瀬の代わりに踏み出します。キマリ達がそこまでするのは、強引な報瀬に影響されてきたからでしょう。

そして遂に報瀬は貴子の遺したパソコンを開きます。画面に映し出されたのは、報瀬が送信した千通を越えるメール。それこそが吟の語った現実の理不尽を突破して、自分を前に進める思い込みの力の証。貴子に読まれない大量のメールが、報瀬に貴子はもうこの世にいないことを告げ、彼女の止まっていた時間を動かします。

もう報瀬は南極の絶景を眺めても写真と一緒にしか感じられない人ではなく、本物のオーロラが写真の一万倍綺麗であることを知っている人。生きている実感を取り戻した報瀬の見ている世界は、オーロラの様な鮮やかな色に塗り変わる。ここに来て報瀬がペンギン以外に興味を示さなかった描写の積み重ねが効いてきます。


きっとそらでつながっている
南極の旅を終えて日本に帰国したキマリ、報瀬、日向、結月。彼女達の絆は固く、どんなに遠く離れていても揺らがない。その強い絆を証明するように空港で別れます。普通に考えるのであれば、結月以外は群馬まで一緒に帰るところですけれど、キマリの提案であえて別々に帰る道を選びました。

キマリ「一緒にいられなくても一緒にいられる。だってもう私達は私達だもん」

目に見えない絆で結ばれているからこそ、友達が見える所にいなくても気にならない。常に相手の動向を監視したり、余計な干渉をしたりしないのが、本当の友達と呼べるのだと思います。作中でも言及されていましたが、相手の事を放っておけるのはいい友達の証拠です。この展開は旅を通して自立する少女を描いた「よりもい」らしいですよね。キマリとめぐみの関係性を見ても分かる通り、人は人に依存してはならないという作り手の意識が随所から窺えます。

キマリ達の物語は空港で別れるところで綺麗に幕を閉じるのですが、「よりもい」の物語はまだ終わりませんでした。最後の1分に満たない僅かな尺の中で、南極へ飛び立つキマリに絶交を宣言しためぐみのその後の話が語られます。

めぐみ「私は今、北極だ」

家に着いたキマリにめぐみから送られてきたメッセージ。そこに添付されていたのは、北極のオーロラを背景に撮影されためぐみの写真。まさか他者を妬んで足を引っ張っていためぐみが、何者にもなれない自分を変える為に、北極まで旅に出ていたなんて全く考えていませんでした。「極致への旅」の本を読んで思いを馳せていたのは、キマリのいる南極ではなく北極だったんですね。

めぐみは自分と同じ様な陰気な凡人側だと信じていたので、彼女の成長を見ているとキマリに置いていかれためぐみの気分が分かります。最初に見た時は軽くへこんだのですが、同時に励まされもしました。人生で失敗しても諦めないで動き続けていれば、失敗した分は後からでも取り返せる事をめぐみは教えてくれます。他者に嫉妬するなど生まれつきの性格が悪くても、劣等感を正しい方向に向ければ、自分を成長させる原動力になるんですよ。

絶交を無効にされためぐみはキマリと対等な関係を築く為に、相手を引き摺り落とすのではなく、自分が同じ所まで追い付く決心をしました。その行動力に称賛を贈りたくなりますね。南極と北極、場所は真逆でもキマリとめぐみは同じ空で繋がっている。北極の写真を見た時にキマリが流した嬉し涙は、彼女達の距離が離れていても近くにあることを表していました。それは言葉で説明されなくても表情や演技から伝わります。キマリと結月の「ね」の一文字で伝わる関係の様に言葉で全部を語ろうとしない方針は、いしづかあつこ監督がアニメーターや声優など作品に携わるスタッフの実力を信頼しているから成せるのでしょう。挿入歌、演出、脚本と何から何まで一級品の作品でした。

報瀬「知らない景色が見えるまで足を動かし続けよう」

日向「どこまで行っても世界は広くて新しい何かは必ず見つかるから」

結月「ちょっぴり怖いけどきっと出来る」

キマリ「だって同じ想いの人はすぐ気付いてくれるから」

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