- 作者: 電撃文庫編集部
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/07/07
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最近の展開は非常に面白く、魔法の危険性が徐々に世間に問題視され、対処を違えれば魔法師と非魔法師の溝が深まり、両者の対立が暴力を伴いそうな段階に迫ってきています。正直に言うと少し前までの「魔法科高校の劣等生」は新登場したキャラのドラマに注力する代償に、主軸となる物語が停滞していて退屈に感じた時もありました。
佐島先生は社会、政治、軍事、科学、設定、人物の全部を愛する作家で、一から十まで丁寧に説明しようしてしまいます。そこが最大の魅力で作品に深みを与えてはいるとはいえ、詳細に語る分だけ平均的な作家と比べて展開が遅い欠点を持つんですよね。一言で言うと質は高いけれどテンポが悪い。
しかし最新刊はそんな不満が吹き飛ぶ盛り上がりを見せ、佐島先生を信じて読み続けた甲斐があると心の底から思えた過去最高の出来でした。あまりの衝撃に読み終えた後は暫く思考が纏まらなくて放心していました。最強の十文字を退けて一対一では無敵と言える達也に対して、情報操作で対象を社会的に追い詰める力を持つ難敵をぶつける展開も見事。
大いなる力には大いなる責任が伴う
先に書きました「魔法科高校の劣等生」の力を持つ者と持たない者の対立は、物語の序盤から魔法師が優遇される社会制度に反発する反魔法国際政治団体ブランシェの活動、優等生の一科生と劣等生の二科生の間の差別意識の形で見えていました。
序盤はまだ力を持つ者と持たない者の対立は深刻な描かれ方をしておらず、一科生と二科生を中心としたスクールカーストの問題に留まり、達也を中心に一部の二科生が常識を越えた成果を出すことで、偏見を持つ一科生の目を醒まして正当に評価されるサクセスストーリーでした。
劣等生のレッテルを貼られた主人公が実力で居場所を手に入れる物語は「落第騎士の英雄譚」や「アクセルワールド」などラノベではよくありますが、「魔法科高校の劣等生」は達也が周囲の人々に認められるだけの物語では終わらず、その強大な力が今度は逆に彼を追い詰めます。
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良くも悪くも世界に多大な影響を与える魔法は各国が重視しており、魔法の開発者として超一流であることに加えて、一瞬で数万人を殺傷する戦略級魔法を使用する達也は最重要人物。達也の素性が世間に知られていくに連れて、様々な勢力が達也を如何に利用するか始末するか策を講じるようになり、達也は最愛の妹である深雪と平穏な日々を送れなくなるんですよね。
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日本の魔法師を束ねる十師族には上に立つ者として魔法師を守り通す使命があり、魔法師の名誉を回復する為にも国家に貢献する姿勢を示して、自分達魔法師は味方なのだと世間に強く思わせなければならないので、十文字家を中心に十師族の面々は達也にそうした役割を強要してきます。
そして最新刊で十師族は達也にアメリカの誘いに応じて、木星圏の資源で金星をテラフォーミングするディオーネー計画への参加を命じます。ディオーネー計画は今後予想される人口増加に伴う資源争奪や領土問題、そこから起きる対立と破滅に備えて人類の生存圏を早期に拡大しておこうとするものであり、魔法が必須なディオーネー計画の存在は魔法師が軍事面以外で役に立つのだと世間に宣伝する絶好の機会。
魔法師がいるから戦争が起きるなど、謂れのない誹謗が公然と語られる状況を改善するには渡りに船。さて一見すると魔法師と非魔法師の双方にとって有益に思えますが、ここには決して人類の為などではない裏目的が隠されています。
それは日本など軍事面で魔法師に頼らざるを得ない小国の力を大幅に奪うこと。ディオーネー計画を実行に移せば大勢の魔法師は作業を行う為に長い時を宇宙で過ごさなければならず、達也の超強力な戦略級魔法も宇宙から地球までは届かないとされているので、アメリカは達也を参加させることが出来れば、一滴の血を流すことなく日本の戦力の大部分を無力化することが出来ます。
戦争の抑止力となる強力な魔法師の不在は戦争を誘発、大国にはディオーネー計画で世界のパワーバランスを崩壊させた隙を突き小国を取り込む狙いがあります。その事態を危惧していることもあって達也はディオーネー計画への参加を拒否するんですよね。けれどもそう簡単に事は運びません。
魔法師と非魔法師の戦争を如何に防ぐか
ディオーネー計画の厄介な点は達也が戦場で命を懸けて戦う訳ではないので、人類の発展に向けて参加して当然という空気が周囲に生まれやすいこと。勿論拒否する権利はありますが、達也がそこから逃げて印象を悪くしていけば、国家に忠誠を誓わない危険分子と認識されて軍内部で達也の洗脳や抹殺を企む輩は増え、さらに魔法師に対する差別的な活動も活発化していき、次第に魔法師の人権が尊重されなくなります。
その先に待つのは劇場版「星を呼ぶ少女」のわたつみシリーズのように、魔法師が自我を奪われ兵器として運用される残酷な世界。現状その様な非人道的な行為は許されていませんが、アメリカでは上記と同等の計画は極秘裏に着実に進められています。仮に戦争に突入した場合は魔法師の人権は勝利の二の次、魔法師を使い捨てる悪夢は日本でもすぐに現実のものとなるでしょう。
何も手を打たなければ達也と深雪を待ち受けるのは、少数の力を持つ者が大多数の力を持たない者に服従するか迫害される世界。そうした世界は過去に「X-MEN」など無数の作品が歩んだ道であり、その問題に対する解決策は幾つかパターンがあります。
敵対勢力を殲滅する
非魔法師の共感を得る
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それは深雪の幸福を第一に考える達也の望むところではありません。仮に達也が敵対勢力を殲滅する絶対の自信があったとしても、そこへ辿り着く迄に深雪に余計な心労を与えることは望まないので、それ以外の道が残されている間は積極的に選ぶことはないでしょう。
達也は天才型の手段を選ばないシスコンという点は「コードギアス」のルルーシュと一緒ではありますが、彼の様に目的と手段の釣り合いを冷静に考えず、妹が望まない行動を勝手に起こしたりはしないので、誰も手を出さなければ大人しくて扱いやすい。触らぬ神に祟りなし、破壊と再生を司るシヴァ神には関わるべきではない。ところで達也のトライデントはシヴァ神の持つ三叉槍が由来だったりするんでしょうか。
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「魔法科高校の劣等生」も序盤の一科生と二科生の対立の時は、どちらかと言えば相手の心を変える方面でしたよね。それなら魔法師と非魔法師の対立も、この辺が妥当な落とし所になるかと思えてきますが、残念ながら劇場版の特典小説のIFで失敗に終わっています。
IFの世界では美少女の深雪や真由美がアイドルとして活動して、人々に愛される平和的な魔法師の象徴になることで魔法師の印象を良くしていきました。しかし深雪達のコンサートで心を奪われた観客の姿を見たマスコミが、精神干渉系魔法で人々を魅了していると根拠に乏しい誹謗を行い、それが原因で深雪達のファンと反魔法師主義者の暴力事件が起きました。劇場版と本編を密接に関わらせる佐島先生が、失敗したIFと同じ道をわざわざ選ぶとは考え難い。
ちなみにIFは深雪達がアイドル活動するなんてネタにしか思えない内容ではありますが、意味不明な展開にリアリティを持たせる設定の作り込みは普段と変わりませんでした。フィクションの嘘に尤もらしい理由を与えて、読者にそれもありかと思わせる手腕は群を抜いていますね。
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技術で世界を変革した代表的なラノベには「まおゆう」がありますが、この作品は人間と魔族が殺し合う構造を変える為に、馬鈴薯の栽培や宗教の改革と文明を中世から現代に向かわせる話で、問題解決の具体的な方法は現実の歴史を参照すれば全て済みました。
「まおゆう」の場合は作品の目的が人類の歴史をエンタメの次元で分りやすく伝える点にあるので、構造的に問題の解決策は最初から用意されていたのですが、近未来を舞台にした「魔法科高校の劣等生」の場合はそうはいきません。
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キャラが重視されるラノベは「猿の惑星」みたいにSF的に素晴らしくても、主人公が報われないオチは喜ばれないから大変ですね。魅力的な美男美女で客を集めるラノベの性質的に、数十年後の老いたキャラの姿は描き難く、問題解決は作中時間で数年以内に行うことが求められますし、佐島先生がその様な制約の中で世界をどの様に変えていくのか今後の展開に注目。
世の中には特別な能力が社会に与える影響を具体的に思い付かないとか、社会の変革は子供に理解が難しく共感を得られないとか、上記を理由に世界から能力を失わせる無難な結末を迎える作品は多いですが、佐島先生の性格的にそうした時代に逆行する展開は無いでしょう。「ガッチャマンクラウズ」と同様に私達が生きる世界とは別の理が支配する世界を見せてくれるはずなので楽しみです。