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「けものフレンズ」人類の歴史と愛の力を知る壮大な物語

けものフレンズ」は大人気の作品で動物園を巻き込み色んな方面で話題になりましたが、個人的に一番衝撃を受けたのは美少女が沢山登場する作品でありながら、18禁の同人誌が異様に少ないということ。大半の視聴者が性欲を充足させる邪な目で見ようとしません。

大抵の場合はたとえクリエイターにエロで売る気が無いとしても、そこに美少女と人気があれば「プリキュア」であろうと「ラブライブ」であろうと自然とエロ系の二次創作が生まれて大勢に支持されますが、不思議なことに「けものフレンズ」はそうはなりませんでした。pixivに投稿された18禁のイラストの割合を見ても全体の約5%、この割合は「艦隊これくしょん」や「ガールズ&パンツァー」の半分以下。

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この結果は教育番組風の動物解説など全編に溢れる子供心を思い出させる演出が視聴者に効いたからでしょう。その演出の中でもサーバルちゃんを始めとするフレンズの知能が低いことは大きな要因だと思います。フレンズの体型は「アイカツ」など子供を対象にした作品と異なり、巨乳も含まれる為に視聴者が性欲を抱いても不思議ではないのですが、フレンズの知能が低く小学生か幼稚園児に見えるおかげで大方の視聴者のストライクゾーンからは外れるんですよね。

そのおかげで「よつばと」や「ばらかもん」を楽しむ時と同様にフレンズを女性として見ないで子供として見れます。そしてこの子供みたいな純心なフレンズの姿が、人生に疲れた視聴者の心を癒してくれます。そこはまさに深夜のニチアサと呼べる圧倒的な善意に包まれた世界。

大人になれば本音と建前を使い分けなければならず、フレンズみたいに思ったことを素直に言える場面は滅多にありませんよね。学校でもそんな歯に衣着せぬ生き方を続けていたら、仲間から外されて虐められるのは目に見えています。日本が格差を許さない平等な社会を生み出そうとした弊害なのか、皆と違う者は空気の読めない邪魔者として扱われてしまいます。その辺の学校空間の同調圧力が与える生き苦しさは「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」を読めば嫌でも分かる。

フレンズによって得意なこと違うからなんて多様性を認める意見は通りません。異端者が生き延びるには仮面を被り、皆と合わせていかなければならない。そんな生活に嫌気が刺した人達にとっては「けものフレンズ」の世界は楽園に映ります。この嘘のない優しい世界には「コードギアス」のシャルル皇帝も大満足するでしょうね。上記の多様性を許容する文化は動物園という多種多様な少数の動物が住まう、特定の種族が群れて大きな集団を作れない環境だから生まれたのではないかなと思います。もしも「ズートピア」的に草食動物の数が多ければ、世界の在り方は変わっていたかもしれません。

けものフレンズ」のストーリーはかばんちゃんが自分の正体を探る為に図書館に向かうというもの。個人的に旅の途中で様々な問題に直面するかばんちゃんとサーバルちゃんを見ていて「ドラゴンクエスト」のようなRPGを強烈に連想しました。バスを使う為に別の所に捨てられていた運転席を運んで付ける、バスの電池が切れているから充電しようと高山に登る、砂嵐を避けて訪れた洞窟で迷宮を発見する。

最短ルートで目的地に辿り着かないで、次から次に来る問題を解決する過程で各地を回る。そうやって色んな人達や風景に出会えるのは、昔に遊んだRPGを思い出して何だか懐かしい気分に浸れました。アニメでこうした旅を見られるのは珍しいですね。近年の作品で旅を通して描かれる世界を大切にしているのは「けものフレンズ」と「フリップフラッパーズ」しか思い付きません。

基本的にキャラやストーリーで視聴者の心を掴む時代なので、かばんちゃんが初めて接する風景や動物の生態を見せてワクワクさせようだなんて発想はまず出て来ません。「けものフレンズ」の動物は擬人化されてはいますが、そのキャラデザや行動にも動物の特徴が濃く現れており、動物の生態を教える動物番組としても優れた作品でした。この他に誰も目をつけない分野に手を出したからこそ「けものフレンズ」は斬新な作品に思われて注目を集めたのでしょうね。

けものフレンズ」の動物に関する解説の対象にはヒトも含まれており、記憶を持たないかばんちゃんが自分の正体を探る中でヒトの特徴や進歩が描かれる物語でもあります。視聴者の汚れた視線とヒトの歩んだ道をゼロから始めるジャパリパーク生活、かばんちゃんと一緒に二重の意味で世界を無から楽しめる作品が「けものフレンズ」。

さて物語の序盤で強靭な肉体も鋭い爪も持たないかばんちゃんは、自分の身も守る力も無く自信が持てませんでした。確かにヒトは体格が同じ位の動物と比べて弱い方ですが、全てにおいて劣る訳ではありません。1話を見れば分かる通り、かばんちゃんはサーバルちゃんより持久力に秀でており、呼吸を整えるのも早いという得意な事があります。かばんちゃんのすごいところはそれだけではありません。

手先が器用で知能も高いかばんちゃんは火を起こして料理をしたり、旅先で川に橋など建造物を残していきます。さらには旅先で異なるフレンズ同士の仲を繋ぎ、双方の個性を活かして大きなことを成し遂げます。個体としては非力と言えますが、集団になると恐ろしいまでの力を発揮するのがヒト。ジャパリパークにある自分の力で生きろという自然界の掟を破り、得意な仕事は得意な者に任せる分業による作業効率の向上、それがヒトの文明を発展させていきました。しかしそれはヒトに豊かな生活を与えると共に戦争ごっこでは済まない大量殺戮を可能にする力も与えてしまいました。

現代社会は各国がその力をお互いにちらつかせて牽制する絶妙なパワーバランスの上に平和が成立していますが、この均衡状態が経済不況などの切欠で崩れてしまうと一気に殺し合いに向かうかもしれません。例えば日本にミサイルが撃ち込まれて大打撃を受ければ、その影響は貿易相手である世界中の国々の経済にも連鎖的に影響を与えます。それにより生じる混乱と不安の中で他人を蹴落としてでも、自分だけは生き延びようとする空気が蔓延するともう止まりません。その先に残るのはヤオヨロズの制作した「直球表題ロボットアニメ」や「けものフレンズ」のような人類が姿を消した世界。

文明がリセットされたジャパリパークでかばんちゃんから毒にも薬にもなる知恵を与えられたフレンズ達、その先に待ち構える世界がヒトの歴史と同じく血に濡れたものになるのか。恐らく文明が発展してもそうはならないと思います。何故ならジャパリパークには「けものはいてものけものはいない、本当の愛はここにある」からです。他者を認められる優しいフレンズは種族や思想の違うからといって片方が滅びるまで争うことはないでしょう。同時期に放送していたヒトをヒトと思わない「鉄血のオルフェンズ」を見た後だと「けものフレンズ」の善意が充ちる世界に泣けます。

臆病なかばんちゃんが黒セルリアンからサーバルちゃんを助ける為に勇気を出せたのも、サーバルちゃんから受けた純粋な愛情に報いようとしたから。自分の身は自分で守れが掟のジャパリパークにおいて、かばんちゃんがサーバルちゃんの為に命を懸ける必要は無いので、勝ち目の薄い戦いに挑まなくてもいいはずなんですけど、それでもかばんちゃんは黒セルリアンから逃げませんでした。そこまで身体を張る理由は1話から見ていればとても分かります。

記憶を持たず右も左も分からない状況でジャパリパークを歩き続ける不安、フレンズが自分を通常は襲わないと聞かされてもセルリアンはいるので恐怖は消えません。ほんわかした雰囲気の作品ですが、よく見れば危険は至る所にあります。そんな中で暗い夜も側にいてくれるサーバルちゃんに一体どれだけ救われたか。そのサーバルちゃんの損得を越えた愛情には愛情で返したい。危険と隣り合わせで決して優しいだけの世界でないけれど、その報恩精神が残されているから世界は崩壊に向かいません。

けものフレンズ」の人気の秘密にサーバルちゃんのかばんちゃんに対する無償の愛情と肯定の言葉にあるという意見がありますが、個人的にはこの意見は半分正解で半分不正解だと思っています。例えば「小林さんちのメイドラゴン」も苛烈な世界に生きていたトールが小林さんからの愛情を受けて救われ、ドラゴンと人間という種族の違う者が分かり合おうとする話ですが、商業的には「響けユーフォニアム」や「聲の形」の方が成功しています。

けものフレンズ」はあらゆる要素の組み合わせが奇跡的に視聴者の心に響いただけで、単純にヒットの要因を分析して真似しようと成功しないでしょう。仮定の話になりますが「けものフレンズ」の映像を京アニが担当した場合は視聴者の見る目が厳しいので、恐らくあれ程の反響を呼ぶダークホースにはなれなかったと思うんですよね。「けものフレンズ」はそうした再現不可能な魅力を持ち、運命に選ばれたとしか言い表せない傑作でした。