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「ソードアート・オンライン オーディナル・スケール」忘れ去られた弱き者の悲痛な叫び

Catch the Moment(期間生産限定アニメ盤)

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ソードアート・オンライン オーディナル・スケール」を初日と小説配布開始日に鑑賞。テレビ版と比較すると説明の少なさ故の唐突な展開は所々見られますが、上映時間が短い事を考慮すれば良作と言える出来なので、ファンなら絶対に映画館に足を運んで観た方がいいです。個人的には直葉の出番が少ない事を除けば不満は特に有りません。まあSAOの記憶を持たない上に剣道が得意な直葉が参加すると、キリトの見せ場が消えるので仕方ないなとは思います。何というか「るろうに剣心」の比古清十郎みたいな扱いでした。


敵役はいても悪役はいない
この劇場版は「SAO」の魅力と言えるキリトの英雄的な活躍は何時も通りに描かれているのですが、フェアリィ・ダンス編やファントム・バレット編には無い特徴が見られ、具体的にこれまでの「SAO」と異なる大きな点として舞台がARに変わる事と敵らしい敵がいない事が挙げられます。後者についてはパンフレットで声優さんも話されていました。

「SAO」に登場する敵は命令されてキリトに襲い掛かる整合騎士を除けば、大抵の場合は自己中心的で見ていて反吐が出る様な外道。おまけにストーカー気質で須郷は凛子、新川は詩乃、チュデルキンはアドミニストレータ、PoHはキリトに異常な執着心を抱いています。悪役以外も含めればレコンも直葉に対してそうですよね。悪役を倒してヒロインを救い出すキリトの古典的な英雄性を高めたいからなのか「SAO」はこうしたキリトの引き立て役の小者が何名も見られます。

彼等は自分の殻に閉じ籠るばかりで、他者と真摯に向き合う気がありません。だから須郷は明日奈を優秀な自分を飾る為の装飾品にしようとし、新川は詩乃の苦悩を理解せずに彼女が望まない歪んだ憧れを抱きます。キリトは彼等とは対照的に他者を自分と対等な人間と認識しており、子供なので調子に乗ってふざける事もありますが、大切な場面では相手の立場を考えて気を遣え、その対象は人間どころかAIにすら及びます。良い意味で現実と虚構に境界線を設けないんですよね。このキリトの相手の心情を理解しようとする優しい性格がヒロインに好かれる理由の一つなのでしょう。

それでは本題の劇場版で敵役となるエイジと重村教授はどの様な人物かというと、両名は他者を犠牲にする計画を実行に移した自分勝手な人間ではあるのですが、その根幹にあるのは大切なユナを死なせた後悔とユナへの愛情、その辺が須郷達とは似ても似つかないところですね。どちらかといえば後悔の念を抱いている姿はサチを死なせた頃のキリトと重なるものがあると思います。もしもキリトがサチの残した言葉を聴けなければ、ああいう風に道を踏み外していたかもしれません。


英雄になれない名も無き人々
現実社会から切り離されたゲームの世界はそれまでの能力や肩書が通用しない為に、学校では平凡な少年でも思わぬ才能を発揮すれば英雄になれる場所。ゲームの世界は冴えない人達も機会があれば輝けるのだという夢を与えますが、所詮夢は夢なので悲しい事に殆んどの人達はキリトにはなれません。血盟騎士団に所属していたノーチラスことエイジもその一人。この何者にもなれない系統のキャラは非常に現代的で「アクセルワールド」にはいましたが、キリトの英雄譚が基本構造である「SAO」では焦点が当てられる機会は長い間ありませんでした。この手のキャラを出す事に川原先生の心境の変化を感じます。個人的にはエイジは「SAO」の中で最も共感を覚えたキャラですね。

映画しか観ていないとエイジが身体能力を強化する道具に依存しているだけの小者に見えるかもしれませんが、特典小説を読めばそれだけではない相当な努力家である事が窺えます。幼馴染みのユナを護る為にも自分は絶対に死ぬわけにはいかない。そう決意したノーチラスは確実にモンスターを倒せる実力を身に付けてから始まりの街を出るべきと考え、人形相手に常人の何倍も時間を掛けてスキルの熟練度を上げます。その姿を周囲のプレイヤーに臆病者と笑われても気にせずに練習を続けます。

この方法は安全ではあるものの成長速度が遅く、最前線の攻略組を目指すには効率が非常に悪い。そんな方法でも血盟騎士団に籍を置けたのは、ノーチラスが効率の悪さを補う量の鍛錬を積んだからです。それ程の地道な努力をしてきたにも関わらず、ボスの前では恐怖で「アクセル・ワールド」の零化現象と同じ様な状態になり、自分の意思で身体を動かそうとしても動かせない。その所為でノーチラスはユナが殺される場面に立たされても、傍観する以外に何も出来ませんでした。

自分の身を護る事だけを考えて街から出ない連中と違い、ノーチラスもユナも他者を護る為に凶悪なボスに立ち向かう意思を持ちますが、英雄的な活躍をしないから例の本にも名前が残らない。あの世界で必死に生きた結果が名も無き脇役以下では報われないですよね。自分達が世間に記憶されない程度の扱いなのに、ユナを助ける事よりもボスを倒す方を優先した風林火山のメンバーが本に書かれていたら、恨んで殴り倒す気持ちも分からないではない。

チートにはチートで対抗する
第100層のボスとの激闘は劇場版の名に恥じない派手な映像で大満足。ラスボスは防御壁に回復に光線など真正面から挑んで勝てる気がしない能力を持つ強敵でしたが、ユイが連れて来た仲間のおかげで楽々と倒されてしまいました。「大乱闘スマッシュブラザーズ」みたいにゲームバランスを整える為にキャラの性能に調整を入れず、基本が接近して剣で斬るだけのゲームに魔法と飛行と銃器を持ち込む反則技を使えばこうなりますよね。銃器に関してはオーディナルスケールにも導入されていますが、こちらは上手い具合にバランスが取れていました。

敵に接近する必要の無い銃の射程は超人的な動作での回避が困難なARの戦闘においては大きな利点。運動が苦手な中年やスカートを履いた女性を取り込む点でも最適な武器と言えます。OSは体力が尽きればランキングが下がるペナルティがあるので、敵から離れて使える銃は一見すると非常に便利な武器に思えますが、その代わりに剣と比べて威力は低めに設定されています。その程度の欠点しかなければGGOの様に銃の方が主流になりそうですが、戦闘に時間制限が設けられているOSでそれは大きな欠点となります。

敵を倒す為には銃では不十分で剣で斬り付ける人達も欠かせない。ここではシノンがGGOでしていた長距離狙撃で体力を地道に削る戦法は通用しません。公共の迷惑にならない為に何十分も同じ所で戦えないARゲームならではの時間制限が、良い感じに剣と銃の長所と短所の釣り合いを取りました。この様な剣と銃の両方に使い道のあるゲームであれば、ALOとGGOのユーザーが流れ込む訳も分かる気がします。ゲームそのものの魅力が高いだけでなく、プレイすれば提携した様々な企業からのサービスを受けられますしね。作中では報酬にローソンのからあげクンの姿なんかもありました。ローソンはゲームやアニメとのコラボに積極的なので、OSの人気が続いたら街中にからあげクンを出現させるイベントもやりそう。

そういえばラスボスの回復を魔法で妨害した見事な連係を見て感じた事なんですけど、茅場の生み出したSAOはALOと比べて集団戦に向かないシステムにされていますよね。SAOは遠距離の支援や攻撃の比重が非常に小さい所為で、最前線に立てるのはキリトやアスナの様に優れた剣技と死を恐れない勇気を併せ持つ者に限られてしまいます。役割を細かく分担して協力して敵を倒す「ログホライズン」とは戦闘の仕方が全然違います。SAOは特別な才能を持つキリトにユニークスキルを与えて強化する事といい、適性に合わせて誰もが平等に輝ける方向ではなく、世界を救う少数の英雄を育て上げる方向に作られていますし、これではノーチラスやユナを含む誰にも記憶されないプレイヤーが生まれるのは必然だなと思います。


ユナの夢を受け継いだYUNA
劇場版の見所である神田沙也加が演じるユナの歌の数々。作品に対する没入感を高める役割も鑑賞した時の感動を呼び起こす鍵の役割も持つ挿入歌。ストーリーとリンクした歌詞の意味を汲み取る事で、作品の理解は深まり感動は何倍にも膨らみます。ユナを失い道を踏み外すエイジの事を歌った「delete」とそれ対になるユナからエイジへの感謝の言葉を歌った「smile for you」は歌詞が本当に素晴らしい。

挿入歌は作品を彩る上で大切な存在なのですが、商売的に見ても収益を上げる為の大切な存在。劇場版は消費者の購買意欲が活性化する祭なので、その絶好の販売機会に挿入歌を組み合わせる事は優れた判断だと思えます。挿入歌は「とある魔術の禁書目録 エンデュミオンの奇蹟」でもありましたし、もしかすると「魔法科高校の劣等生 星を呼ぶ少女」でもあるかもしれません。

作品を好きな癖に円盤に手を出していない負い目がある者としては、挿入歌が収録されたサントラなど手頃な値段で買える商品があるのは嬉しい。企業の狙い通りに購入するとかオーグマーに毎日の生活を巧妙に操られるリズと同様に踊らされている気もしますが、そうした消費者の行動を誘導する作られた世界でも作品を好きな想いは本物なので気にしないでおきました。

さて利益を追求する意図で歌わせる大人の事情は抜きにして、あの世界の中でARアイドルのYUNAが歌わされる理由ですが、それはエイジが大勢の前で歌いたい生前のユナの願いを叶えようとしたからと思われます。特典小説の中でエイジはユナがアニメソングやガールズポップスを歌う事が好きだと聞かされ、クラシック以外を許さない父親にはボーカルスクールに通いたいと言えずにいた事も聞かされているんですよね。しかし残念ながらSAOで命を落としたユナは父親にそれを打ち明けられませんでした。

エイジは自分の愛したユナと顔が同じだけでYUNAはAIデータクローラーに過ぎない偽物だと頭で分かっていても、大勢の前で好きな歌を歌いたいというユナの夢を叶えたいと感じていたから、SAO生還者から回収した記憶を喉飴の形状に可視化するように頼んだ時と同様に、重村教授にYUNAにユナが好きそうな歌を歌わせて欲しいと頼み込んだ。ラスボスが倒され消え去る間際のユナがエイジに感謝の言葉を残したのは、エイジが自分の望んだ夢をOSで実現してくれたからなのではないかなと思います。

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