アニメごろごろ

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暴力系ヒロインは時代遅れの産物になっているのか

とらドラ」の逢坂大河、「とある魔術の禁書目録」の御坂美琴などの暴力を振るうヒロイン。ラブコメを含む作品では定番のキャラなんですけど、近年はこの暴力系ヒロインに対する不満の声が増えているように感じるんですよね。まあこれは自分の観測範囲の話なので真偽は分かりませんが、時代の流れ的に暴力系ヒロインの人気が落ちるのは分かる気がします。

主人公は殴られて然るべき
らんま1/2」の天道あかね、「シティーハンター」の槇村香、「幽遊白書」の雪村螢子など数十年前から暴力系ヒロインは存在して一部の読者に嫌われていましたが、この頃はまだ暴力を振るわれる主人公にもヒロインに悪態を吐いて女性にセクハラをするなどの落ち度がありました。

フルメタル・パニック」の千鳥かなめ相良宗介に暴力的な突っ込みを入れるのも、彼が爆破等の非常識な事を悪びれもせずに行うからです。この様に主人公が積極的に怒られる原因を作る為に、昔の代表的な暴力系ヒロインには主人公を殴る正当性が与えられ、暴力が読者に与える不快感が緩和されていました。しかしその状況は00年代に「灼眼のシャナ」の坂井悠二などの真面目な主人公、「涼宮ハルヒの憂鬱」のキョンなどの無気力な主人公の増加で変化します。

この系統の主人公は周囲に迷惑を掛ける気が無い為に、基本的に偶然下着姿を見てしまう位の事しかしませんが、それを主人公が謝罪したにも関わらずヒロインが昔と同じ様に全力で暴力を振るうと、主人公の過失に対するヒロインの報復が釣り合わず、理不尽に見えてしまうんですよね。後でまた触れますが、男女平等を推し進めてきた社会では特にその様に感じられやすい。そうならない為にはヒロインは下着姿を見られて反射的に手が出てしまうだけで、怪我を負わせた場合は謝罪していればいいのですが、そうした対応が取れるヒロインが増えないのは不思議ですね。

ヒロインが弱者の時代は過ぎ去った
00年代以前の「幽遊白書」や「うしおととら」が流行していた時代では、まだヒロインが非力で主人公に護られる側として描かれがちでした。普段は強気で主人公と対等に口論をしていても、戦闘時は離れた所から主人公を応援する事しか出来ません。この様にヒロインが弱者に見える作品での暴力は言い方が悪いですけど、小動物が噛み付いた位の軽い行為に感じられるのはあるんですよね。その程度の暴力を気にするのは男らしいとは言えない、主人公がヒロインと比較して優位にある作品が多いとそんな空気も生まれてきます。

そんな庇護対象のヒロインが「灼眼のシャナ」や「とある魔術の禁書目録」に代表される主人公と同等以上の力を持つ側になって、前線で共に戦う頼もしい存在になると理不尽な暴力は、それ迄のドタバタラブコメから強者による虐め的な雰囲気を持ち始めます。それが顕著に表れているのが主人公の覗きからのヒロインとの決闘。最終的に主人公が持ち上げられる事になるとはいえ、天才と呼ばれるヒロインが下着姿を見られた事に腹を立て、最弱と呼ばれる主人公に決闘を挑む展開なんて公開処刑にしか見えません。

男性と変わらない力を持つヒロインが暴力を振るうなら、主人公も遠慮しないでやり返せばいいと言いたいところですが、それに関してはまだ拒否感を示す読者が大勢いるらしく、現状では大半の主人公は耐えるしかないんですよね。そんな理不尽な暴力に耐えて許せる主人公の姿に惹かれるヒロインはどこかにいないものでしょうか。

この男性が一方的に女性に殴られる時代において主人公がヒロインを虐めても受け入れられた「魔人探偵脳噛ネウロ」は何気に凄いですね。この作品の様にヒロインが弄られ役の三枚目を兼ねていれば、ヒロインに対する主人公の暴力も有りになるのでしょうけれど、ラノベではヒロインに笑いではなく萌えが求められるから難しいでしょうね。

魔人探偵脳噛ネウロ 1 (集英社文庫-コミック版)

魔人探偵脳噛ネウロ 1 (集英社文庫-コミック版)

ヒロインはかわいいだけでは生き残れない
暴力系ヒロインが叩かれるのは一部の読者にとっては残念かもしれませんが、個人的にはどちらかといえばその傾向は望ましいと思っています。暴力系ヒロインを嫌う読者は心が狭いという意見もあるでしょうけれど、理不尽な暴力を振るうヒロインが嫌われるのは現実なら当たり前。

ヒロインの魅力的な容姿に騙されず、人格を評価するから不快に感じる面はあるでしょう。現在とフィクションの区別が付かずに過剰に批判する読者はさすがにどうかと思いますが、ヒロインの暴力も暴言も何もかも批判してはならないのもどうかと思います。作者自身も性格に難があるキャラだと感じている場合も結構ありますし、それに嫌悪感を示す事は別に文句を言われる謂れはないはず。

話が脇道に逸れますが、某作品の主人公は女の子は優しいとか根拠の無い幻想を抱いて、女の子なら無条件に信じて守ろうとする本当に酷いキャラでした。本人は女性を大事にしているつもりでしょうけど、女性を対等な人間として認識していないから逆に失礼。上条さんは上記の様に贔屓せずに悪党と戦う時は、男性だろうと女性だろうと平等に殴るからいいですね。

今はキャラの性別や外見に惑わされずに素行や人格を見て評価する時代になってきたのか、「ラブひな」の時代と比較して暴力の頻度は減ってきてはいるものの読者の目は厳しい。これに関してはラブコメにおける表現の幅が狭められていると言えますが、男女を平等に評価して人権を尊重する方向に社会が進んでいるとも言えますし、長期的に見れば正しい道を選んでいると思います。現在はまだ「CLANNAD」的な暴力やホモのネタで笑いが取れますが、将来的には虐待と差別に関わるこれらの表現は避けられる予感はしています。

数年前にヒロインの激しい暴力と暴言で注目を集めていた「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の伏見つかさ先生と「僕は友達が少ない。」の平坂読先生は、現在刊行中の作品でそれらの好き嫌いが分かれる描写を大幅に減らしていますが、もしかしたらその背景には上記の様な時代の流れを敏感に感じた事があるかもしれないですね。


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