アニメごろごろ

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「ろりとぼくらの。」クジラックス先生の心の穴を埋める物語


クジラックス先生が生み出した日本が世界に誇れない短編集「ろりとぼくらの。」。この作品はどうして大勢のオタクの注目を集めるのか、実際に読んでみてその理由が分かった気がします。エロ漫画は基本的にストーリーが弱い為に絵柄や性的嗜好が合わないと読む意欲が湧かないのですが、この作品にはそれらが合わないとしても最後まで読ませるだけの魅力がありました。

「ろりとぼくらの。」の特徴としてはクラスメイトと打ち解けられずに便所飯をしている高校生、何も見えない暗い世界で孤独に生きる盲目の男性、女子と上手に話せない事に悩む大学生達等、孤独を抱える男性の心情が丁寧に描かれている点が挙げられます。個人的には上記の中だと目が見えない坂本タケルと自分を二十歳と偽る小林のぞみの交流を描いた「らぶいずぶらいんど」が特に胸に刺さりました。

頭の悪さに落ち込み自分の価値を感じられないのぞみはタケルを助けて必要とされる事で救われ、目が見えないせいで他者と接する機会も得られず孤独な日々を送るタケルはのぞみが側にいる事で救われる。この様に男女が付き合う理由を各々が抱える悩みにまで踏み込んで描いている作品はエロ漫画では珍しい。

目が不自由なタケルはのぞみが二十歳だと信じて肉体関係を持つところまでしてしまうのですが、互いに合意の上とはいえそんな事が許される訳が無いので、最後はタケルが小学生を家に連れ込んでいると近隣住民に通報されてしまい、警察が来た時にタケルとのぞみの関係は全て崩れてしまいます。この終わり方はタケルとのぞみの気持ちを考えると切ないですね。

クジラックス先生はロリコンに向けて描いているから倫理的に問題のある展開も多いのですが、その代わりに読者に犯罪を犯罪と認識させる配慮も感じられます。大抵のエロ漫画では男性が嫌がる女性を襲う場合、最終的に女性が快楽に溺れて自らそれを望み始め、男性の罪は罪に問われない事が非常に多い。普通の女性が性欲に支配されて堕ちる姿が見たい需要が強い上に、男性が裁かれる場面を入れるだけのページ数もないからそうなりやすいのでしょう。

それに対してクジラックス作品はどうかというと「ロリ裁判と賢者の石」では被害者の少女は加害者を殺したいと口にしますし、「ロリともだち」では少女を次々に誘拐した主人公と親友は最後に自殺しますし、男性に都合の良い最後にならない率が高い。掲載時期が新しい作品になるとその傾向が強まってきています。ただでさえ世間に叩かれやすいエロ漫画の中で最も危ない題材を選んでいるだけあって、そうした表現に関しては色々と気を使いながら描いているのでしょうね。